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プロイセン・フランス戦争の後、フランスはドイツと衝突をさける政策をとる一方、19世紀末にはアフリカやインドシナ半島に侵出し、イギリスにつぐ世界第2の植民地帝国をきずいた。20世紀になると、イギリスも新興のドイツをおそれるようになり、フランス、イギリス、ロシアの連合が成立した。一方のドイツも、オーストリア・ハンガリー二重帝国と手をむすんで、ヨーロッパは二大陣営にわかれて対立するようになった。 1914年6月、オーストリアの皇太子がセルビアの青年に暗殺されると、オーストリア・ハンガリーはセルビアに宣戦布告した。ドイツはオーストリア側にたって戦争に参加し、セルビアはロシアの同盟国だったので、ロシアも戦争状態に入った。フランスとイギリスは、ロシアとの同盟によって、8月3日、ドイツに対して開戦した(→ 第1次世界大戦)。
開戦と同時に、ドイツ軍はベルギーをとおってフランス北東部に侵入し、パリの近郊まですすんだが、抵抗にあって後退し、1914年の秋から4年間、敵も味方も塹壕(ざんごう)をほり、身をかくしながらたたかうことになった。17年になると、戦線では厭戦(えんせん)気分が広がり、国内では反戦運動が盛んになったが、ペタン将軍が戦線での規律を回復し、クレマンソーが首相となって、統制と処罰によって戦争をのりきろうとした。同年アメリカが参戦すると英仏連合側は有利になり、18年11月にはドイツ国内で革命がおきて、ようやく戦争は終結した。 フランスはアルザスとロレーヌを回復したが、4年間の戦争で140万人が死に、170万人が傷ついた。以後、フランスは人口の少なさになやむことになる。また、重要な工業および農業地帯のフランス北東部が戦場となったので、経済的損失も大きかった。
第1次世界大戦後のフランスの最大の問題のひとつは、通貨の不安定にあった。大戦が終了し、戦時経済の統制が解かれると、フランの値打ちは8分の1にまで低落し、1928年に戦前の5分の1に切りさげられてやっと安定した。借金をしていた国家と、実業界はすくわれたが、国債購入や貯蓄をしていた一般国民は犠牲を強いられた。 1932年、世界恐慌がフランスに波及した。深刻な不況の中で、イタリアやドイツにならおうとするファシズムの運動が拡大したが、34年に誕生した急進社会党、社会党、共産党による人民戦線は、36年の選挙で勝利をおさめ、ブルムの左翼政権が成立した。ブルム政権は有給休暇制、週40時間労働制、労使間の団体協約制度などの画期的な政策を実施したが、不況を克服する有効な経済政策には失敗し、人民戦線は38年に崩壊した。
第1次世界大戦後のフランスは、東欧の新興諸国と同盟をむすび、ふたたび戦争がおきた場合には、ドイツを東西から挟み撃ちにしようとしていた。しかし、フランスには東欧の同盟諸国を防衛するだけの軍事力はなく、1933年にドイツでヒトラー政権が成立すると、東欧諸国との軍事同盟を維持することができず、しだいにイギリスに追随するようになった。 1938年にドイツがチェコスロバキアのズデーテン地方の併合を要求して、ミュンヘン会談が開かれると、フランスは、ヒトラーとの衝突をさけたかったイギリスにならって、同盟国のチェコスロバキアをヒトラーの手にわたした。また39年には、イギリスにしたがって、ポーランドへの援助を約束した。そして、39年9月にドイツがポーランドを攻撃するにおよんで、英仏は、ポーランドとの協定にもとづき、ドイツとの戦争をはじめた。ここに第2次世界大戦がはじまった。
1940年5月10日、ドイツ軍はオランダ、ベルギー、そしてフランスに対して総攻撃を開始した。フランスは30年代に北部の国境にそって、マジノ線と称する長大な要塞を建設していたが、ドイツ軍は簡単にこれを突破した。そして猛烈な速度で南下し、6月10日には、パリ近郊にせまった。政府はパリを脱出し、6月14日にはドイツ軍がパリに入城するという事態に政治家たちは茫然(ぼうぜん)とし、第1次世界大戦の英雄ペタン元帥をひっぱりだして首相にした。6月17日、ペタンはドイツに対して休戦をもうしこみ、22日にむすばれた休戦協定で、フランスの国土の3分の2がドイツに占領されることになった。残りの3分の1には、フランスの小さな国家がつくられた。 1940年7月10日、フランス中部の温泉町ビシーに、上下両院の議員が招集され、ペタンに全権をゆだね、新憲法が起草されることになった。これによって、第3共和政はおわった。フランス共和国はフランス国と名をかえ、ペタンはその主席として独裁者の地位についた(ビシー政府)が、この政権は、ドイツの傀儡(かいらい)だった。42年の秋になると、ドイツ軍は非占領地帯にも進駐し、ペタンは名目的な存在にすぎなくなった。
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