検索
エンカルタ内で検索 : イオニア諸島

Windows Live® の検索結果

  • 【ギリシャ政府観光局】イオニア諸島

    ギリシャ政府観光省観光局の日本における窓口機関。 ... イオニア海の島々は年間を通じてほどよく降雨があるため土地は肥沃で、人口も多く、穀類、オリーブ、果物を豊富に生産し、どの島も地ワインを誇っています。その温暖な気候と豊かな自然、歴史的な ...

  • 【ギリシャ政府観光局】イオニア諸島

    ギリシャ政府観光省観光局の日本における窓口機関。 ... パクシ島 Paxi イオニア諸島のなかで一番小さい島。この島の魅力の一つはその小ささです。長さ10km、幅4kmしかなく、端から端まで簡単に歩くことができます。美しい海岸沿いにはビーチや入り江、白い ...

  • イオアニス・カポディストリアス - Wikipedia

    ロシアの外交官として務める間も彼は故郷のイオニア諸島に、そしてオスマン帝国の支配下にあるギリシャに対して注意を払っていた。1818年に彼はイギリスの支配下に入っていたイオニア諸島を訪れた。住民の間で独立に対する希望が強いことを知った彼は翌 ...

すべての検索結果 :
Windows Live® の検索結果

イオニア諸島

イオニア諸島 イオニアしょとう Ionioi Nisoi
百科事典項目

ギリシャ西部の島群で、イオニア海と地中海におけるひとつの行政区をつくっている。おもな島はケファリニア島ケルキラ島(コルフ島)、ザキントス島、レフカス島、イターキ島。これらの島々の多くは山がちで、気候は温暖で湿潤。スグリ・オリーブ・ブドウ・穀類・果実・野菜などが栽培され、家畜が飼育されている。おもな産業は漁業・造船業・石鹸加工業。ケルキラ島の中心であるケルキラが最大の都市で、市の人口は3万5787人(1981年暫定値)。イオニア諸島の面積は2250km²。人口は19万1003人(1991年)。

古くはギリシャ人が移住したが、のちローマ帝国、ビザンティン帝国の支配下にはいった。その後もたえまなく諸島の一部あるいは全部が外国勢力のもとにおかれた。1386年以降は、1797年にフランス領となるまではベネツィアの支配下にあり、99年にはフランスからロシアとオスマン帝国に割譲された。1800~07年には独立を維持したが、その後、14年まではフランス領にもどり、その年イギリスの保護領となった。イギリスの支配は64年にギリシャの一部となるまでつづいた。

項目内で検索
項目全体を印刷
項目の URL をメールで送る




© 2008 Microsoft