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項目構成
古くからあった化学親和力の性質についての問題は、いぜんとして未解決のままであった。一時は、新しくおこった電気化学の分野で解決されるのではないかと思われた。1800年に考案されたボルタ電池は、最初の本格的な電池であり、化学者たちはこの新しい道具を利用してナトリウムやカリウムといった金属を発見した。 ベルセリウスには、正と負の電気力が元素をむすびつけているのではないか、と思われた。はじめのうちは、彼の理論は、化学者たちにうけいれられた。しかし、さらに多くの新しい化合物が合成され、その反応の研究がすすむにつれて、電気力は反応に関与していないのではないか、と考えられるようになり(非極性化合物)、化学親和力の問題はしばらく棚上げされた。
19世紀の化学におけるもっともいちじるしい発展は、有機化学の分野にみられた。原子が実際にどのように結合しているのかということについて、概念をあたえてくれる構造理論は、非数学的な独特な論理にもとづいていた。これによって、とくにドイツの化学工業の発端となった数多くの重要な染料、医薬、爆薬(→ 爆発物)をはじめとする多くの新しい化合物の性質の予測とその製造が可能になった。 これと同時に、このほかの化学の新しい分野も出現していた。当時の物理学の発展に刺激されて、ある化学者たちは、数学的な手法を化学に応用する道をさぐった。反応速度の研究は、工業にとっても純粋科学にとっても、重要な分子運動論の発展をもたらした。
熱が原子レベルでの運動によるものであるということが認識された結果、熱が特定の物質(「カロリック(熱素)」とよばれた)であるという従来の考えが放棄され、化学熱力学がはじまった(→ 熱力学)。電気化学の研究もつづけられ、スウェーデンの化学者スバンテ・アウグスト・アレニウスは、塩が溶液中で電離して電荷をはこぶイオンを生成する(→ イオン化)、という説を提唱した。 元素や化合物の発光スペクトルと吸収スペクトルの研究は、化学者、物理学者のどちらにも、重要なものとなった(→ 分光学:スペクトル)。さらに、コロイド化学(コロイド)や光化学の基礎的な研究もはじまった。19世紀末までには、これらの研究がむすびつけられ物理化学として知られる分野が形成された。
無機化学も組織化することが必要であった。新発見元素の数がふえてきたが、その反応を秩序だてて整理する分類方法が開発されていなかった。ロシアの化学者ディミトリー・イワノビッチ・メンデレーエフが1869年に、ドイツの化学者ユリウス・ロタール・マイヤーが70年に、それぞれ独立に発見した周期律によって、この混乱はとりのぞかれ、周期表のどの位置にくる元素が新しく発見されるか、あるいはその元素の性質がどんなものであるか、ということを予測することができるようになった(→ 元素:周期律)。
19世紀末には、物理学と同様、化学にももはや新しく開拓すべき分野はのこされていないといえる状態にまで到達したと思われた。しかしこの考えは、放射能の発見によって完全にくつがえされた。ラジウムなどの新元素の単離や、同位体とよばれる新しい範疇(はんちゅう)に属する物質の分離、超ウラン元素の合成や単離に、化学的な方法がもちいられた。物理学者によってみちびきだされた原子構造に関する理論によって、古くからの化学親和力の問題が解決され、極性化合物と非極性化合物の関係が説明された。→ 核化学:キュリー夫妻
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