Windows Live® の検索結果- 核兵器 - Wikipedia
核兵器 (かくへいき)は、 核反応 による 爆発 を 大量破壊 に用いる目的で作られた 兵器 の総称。 原子爆弾 、 水素爆弾 、 中性子爆弾 等の 核爆弾 ( 核弾頭 )とそれを運搬する運搬兵器で構成されている。 - 核兵器
核兵器 核分裂・核融合反応を利用する兵器の総称。 - 核兵器データ
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核兵器
核兵器 かくへいき Nuclear Weapon
百科事典項目
項目構成
核反応(→ 核化学)で放出されるエネルギー(核エネルギー)を利用した兵器。ミサイルなどの運搬手段が核弾頭と一体化している場合は、ミサイルなどをふくめて核兵器ということがある。核兵器は、原子爆弾(原爆)と水素爆弾(水爆)に大別される。区別は、前者の場合、エネルギーを放出する核反応がおもに核分裂であるのに対し、後者では、それがおもに核融合である。
1938年、ドイツの化学者オットー・ハーンは、フリッツ・シュトラスマン、リーゼ・マイトナーとともに、中性子を照射することによりウランの核分裂を発見した。この成果をうけつぎ、フレデリック・ジョリオ・キュリー(→ ジョリオ・キュリー夫妻)は核分裂の際に大きなエネルギーが放出されることを実験でしめし、また、フェルミは、1個のウラン原子核の分裂で2~3個の中性子が放出され、その放出された中性子が周囲のウランを核分裂させることにより、核分裂反応が連鎖的に持続されうることを指摘した。そして、この核分裂の連鎖反応は、フェルミの指導のもとにつくられたシカゴ大学の原子炉において、42年12月はじめて実証された。この実験の成功により、原子力エネルギーの利用の第一歩がしるされた、といえる。
原子力エネルギーを軍事目的に利用する研究もほぼ同時期にはじまった。1939年、アインシュタインは、アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトに、ナチス・ドイツ(→ ナチズム)の核兵器開発の可能性への憂慮の念を表明するとともに、核開発の重要性、緊急性をうったえた。これにより、アメリカでの核開発は開始され、42年6月には、大統領の承認のもと、陸軍工兵科内に原子爆弾開発計画を遂行する特殊任務の管区(通称「マンハッタン管区」)が設置された。ここに、いわゆるマンハッタン計画が強力に推進されることになった。
この計画は、陸軍工兵隊のレズリー・グローブス准将を長とし、フェルミ、オッペンハイマー両物理学者、ハロルド・ユーリー化学博士など高名な学者の総力をあつめ、アメリカの国家事業として推進された。核分裂物質として着目されたのは、ウラン235とプルトニウム239であった。ウラン235は、天然ウランから分離する方法がとられ、1943年からテネシー州オークリッジで製造がおこなわれた。プルトニウム239については、42年のシカゴ大学での核分裂の連鎖反応実験成功をもとに、生産のための原子炉がワシントン州ハンフォードにつくられ、44年に操業を開始した。
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