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項目構成
金は装飾用金属としてひろく利用され、各種の宝石とくみあわせて指輪やネックレスなどのアクセサリーに加工される(→ 装身具)。ただし、純金はやわらかすぎて不便なので、たいていは他の金属とまぜあわせて、硬度を高めたものを使用する。金に銅、ニッケル、亜鉛をくわえたホワイトゴールドも、装身具にひろく利用される。金をうすくのばした金箔も、美術工芸品や書籍などの装飾材料としてつかわれる。装飾用以外の用途では、歯科材料、万年筆のペン先などに、金合金が使用されている。 合金中の金の含有率はカラットでしめされる。カラット表示では、純金を24Kとして数字をわりふる(K24ともあらわされる)。代表的な金製品のカラット数は、金貨21.6K(金90%)、義歯20~22K(金約83.3~91.7%)、装身具18K(金75%)、金ペン先14K(金約58.3%)が標準である。
電気伝導率が高く、耐食性にすぐれているため、電気・電子工業用に利用される。近年、半導体の利用が拡大し、これにともなって半導体集積回路をつくるためのめっき用材料として、金がひろくつかわれている。ICチップの接合に金・シリコン合金などの低融点はんだが、また、電極の接続用に金の極細線がつかわれる(→ 集積回路)。しかし、最近ではコストダウンをはかるために、銀、銅、アルミニウムなどが代替品として利用される傾向にある。電気の接点にも金が使用されている。 金には高熱を反射する性質があるため、航空産業や宇宙産業では、金箔を断熱材としてジェット機やロケットなどに使用している。鉄との合金は、極低温領域のセンサーにつかわれている。カシウス紫金は、塩化金と塩化スズからつくられるコロイド状の紫色顔料で、ガラスや陶磁器の赤や紫の着色にもちいられる。 ほかに医薬品として、リウマチ性の関節炎に金化合物がもちいられる。また、金の放射性同位体は、癌の治療や悪性腫瘍の転移の診断に利用される(→ トレーサー)。
地下に存在する金鉱脈は、地表に露出した金鉱石から発見されることが多い。鉱脈中の金の採掘は、石炭や各種の金属鉱石と同様の採掘法でおこなわれる。金鉱床が地表近くに存在する場合は、地表の土石をのぞいてから鉱石を順次採掘する露天掘りがおこなわれるが、地中深く存在する金鉱床の場合は、地表から坑道をほりさげて鉱石を採掘する坑道掘りがおこなわれる。 採鉱の対象となる金鉱石は、1t中に金を最低5gふくむものである。金鉱石から金をえるには、アマルガム法、青化(シアン化)法などがある。アマルガム法では、採鉱した金鉱石を適当な大きさに粉砕し、水銀をまぜる。金は水銀にとけこんでアマルガムを形成する。このアマルガムから蒸留によって水銀を分離する。青化法では、金鉱石をシアン化ナトリウムNaCNまたはシアン化カルシウムCa(CN)2の水溶液にとかす。この溶液に亜鉛末をくわえると金が析出するので、これを溶融し、さらに電解して金をとりだす。アマルガム法は、現在、日本ではほとんどおこなわれていない。シアン化法は、19世紀末に実用化され、金の生産量が急増した。 日本における金の生産は、主として、銅や鉛の精錬における副産物として回収する方法によっておこなわれる。
金の生産は、紀元前のエトルリア文明、ミノス文明、アッシリア文明、エジプト文明において、すでにはじまっていた。当時は河床や沿岸などに堆積した砂金を、皿や鉢などの容器ですくって流水中でゆする、揺り皿法などの単純な手段でとりだしていた。インド、スキタイ、エーゲなどの古代文明でも、砂金の採取がおこなわれていた。現在では、古来の砂金産出地のほとんどで、砂金は採取されつくしている。 時代をへて採鉱技術が進歩すると、鉱脈中の金採掘がはじまった。紀元前にすでに採鉱技術は発達しており、古代ローマ帝国は、スペインの金山から産出する金を多量に獲得し、帝国の財源とした。しかし、膨大な量の金貨を交易の代価として流出させている。中世ヨーロッパでは、おもにドイツ、オーストリア、スペインの鉱山で金が採掘されたが、技術的な進歩は少なく、生産はふるわなかった。 コロンブスがアメリカ大陸に到達した1492年当時、ヨーロッパ大陸に保有されていた金の総量は、20tにもみたなかったと推定されている。しかし、スペイン帝国による南米の植民地化がすすむと、ヨーロッパに流入する金の量は飛躍的に増大した。南米では1600年にいたるまで、全世界の金の約35%を生産したが、この数字には鉱山からの金採掘のほか、先住民から奪取した金製品もふくまれている。つづく17、18世紀も、中南米は金産出の世界的中心地域であり、全世界の金の約60~80%を産出した。15世紀終わりから1850年にかけて全世界で産出された金の量は、総計でおよそ5000tにのぼると推定される。
19世紀半ばには、北アメリカ大陸が金の主要な産地となった。北アメリカ大陸の金産出地はアパラチア山脈にそった東部地域と、ロッキー山脈から太平洋沿岸にかけての西部地域とにわかれている。 北アメリカ大陸西部の金産出地域は、北はアラスカから南はメキシコにいたる山脈地域にひろがっている。最初に金が発見されたのは1848年のカリフォルニアだが、この発見をきっかけにゴールドラッシュがはじまり、全世界から多くの人間がカリフォルニアに殺到した(→ フォーティ・ナイナーズ)。次の5年間には同州で、価格換算にして2億8500万ドル以上もの金が産出されたが、これはそれまでアメリカ合衆国の内陸部から産出された金の総量の21倍にあたる。 ゴールドラッシュによる人口集中で、それまで西部の僻地(へきち)にすぎなかったカリフォルニアは、政治的、経済的に大きな発展をとげた。やがてゴールドラッシュは未開発の西部山岳地帯におよび、ネバダ、オレゴン、ワシントンなど西部の各州で金が発見され、金鉱開発をきっかけに西部の経済活動は活発化した。ゴールドラッシュによる西部への人口移動は鉄道の発達をうながし、アメリカ西部の開発は大きくすすんだ。 1851年には、南半球のオーストラリアでも、ビクトリア州で金が発見されると、ゴールドラッシュがはじまり、オーストラリアの発展に大きな影響をおよぼした(→ メルボルン:シドニー)。 アラスカではじめて金が発見されたのは1880年だが、99年にノーム、1902年にフェアバンクスで金鉱が発見されると、本格的なゴールドラッシュが到来した。以後、アラスカは急速に発展し、1912年には準州として自治がみとめられた。 カナダでは、1896年、ユーコン川の支流クロンダイク川河口の町ドーソンで金が発見され、ゴールドラッシュがおこっている。
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