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項目構成
ユタ、ネバダ、カリフォルニアにまたがるこの文化領域は、山地と谷からなり、山には松の森、谷間には草地や湿地が多い。前8000年ごろからシカやビッグホーンの狩猟、川の魚とり、渡り鳥の網猟、松の実や草の種子の採集などをくみあわせた生業がいとなまれてきた。この生業形態は19世紀の中ごろまで、あまり大きな変化をせずに存続した。またカリフォルニアの太平洋沿岸部では、海の魚、アシカやイルカなどの海生哺乳類(ほにゅうるい)がおもな食料となった。民族としては大盆地のパイユート、ユート、ショショニが有名で、カリフォルニアにはクラマス、モドック、ユーロク、ポモ、マイドゥ、ミウォックその他がいた。
この文化領域は、アイダホ州、オレゴン、ワシントン両州の東部、モンタナ州西部、その北のカナダの一部にまたがり、常緑の森林と草深い谷間の地域である。コロンビア、スネーク、フレイザーなどの大きな河川には、毎年おびただしい量のサケがのぼる。また、谷間の低地にはカマスというユリ科植物などの球根類が多く、人々はサケを燻製にしたり球根を乾燥させたりして冬場の食料とした。この領域の民族としては、ネズ・パース、ワラワラ、フラットヘッド、スポケイン、クテナイなどがいた。
この文化領域は、ほとんどが今日のカナダで、一部アメリカ合衆国に入りこんでいる。東半分は氷河のあったところで、土地の浸食がはなはだしい。夏が短すぎるので農耕は不可能であり、人々はムース(→ ヘラジカ)やカリブーの狩猟と、河川や湖での漁労で暮らしをたて、季節的な移動をくりかえす。家屋はテントが一般的で、西部では竪穴式(たてあなしき)の家もつくる。移動に際して、夏はカヌー、冬は橇(そり)をつかう。集団の規模は小さい。 この文化領域の東部の住民は、クリー、オジブワ(チッペワともいう)、モンタネー、ナスカピなどアルゴンキン系の言語をはなす民族で、西部にはアサバスカ系の言語をはなすチペワイアン、ビーバー、クチン、タナイナなどの民族がいる。現在は定住集落をかまえるが、生活の基本は、狩猟、わな猟、漁労である。
アラスカ東南部からカリフォルニア北部にかけての太平洋沿岸部が、北西海岸文化領域である。東側には氷雪の山脈がはしり、海岸沿いの狭い土地にしか居住できない。また、気候が寒冷で夏が短く、農耕はできない。一方、海はきわめて豊かな資源を有し、海生哺乳類や魚、とくにサケ、オヒョウ、ユーラカン(→ キュウリウオ)が大切な食料資源となる。陸地ではビッグホーンやムースの狩猟、そして季節的に大量のベリー類の採集をおこなう。こうした食料にささえられて人口は比較的多く、人々は木造の家屋にすんで大きな集落を形成した。ふつう家屋には拡大家族がすむが、奴隷をすまわせる場合もあった。冬には大がかりな宴会や踊りがもよおされ、近隣の住民をポトラッチという宴会でもてなすこともあった。交易も盛んで、北アジアまで出かけて鉄を手にいれた。良質の木材がふんだんにあるので、彫刻がめざましい発達をとげた。なかでもトーテム・ポールとよばれる木彫柱は北西海岸文化の代表的な特徴である。この領域の民族としては、トリンギット、ハイダ、ツィムシャン、クワキウトル、ヌートカ、チヌーク、セイリッシュなどがある。
この領域はアラスカからカナダ、グリーンランドにまたがり、太平洋と北極海に面した海岸部が大部分である。漁労と狩猟をおもな生業とする。人口は少なく、分散して居住し、季節的な移動をおこなう。住民はイヌイットおよびアラスカ・エスキモーがもっとも多い。南西アラスカのユーイットもイヌイットとほとんど同じ民族だが、言語が少しちがう。アリューシャン列島にすむのはアレウトで、イヌイットやエスキモー、ユーイットとの関係はやや遠くなる。
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