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Windows Live® の検索結果 前8世紀末~前7世紀にさかえたアッシリア帝国の首都。古代名はニヌア。ティグリス川沿いの現イラク北部モスルの対岸にある。今はクユンジクとネビ・ユヌスのふたつの丘と、延長12kmにおよぶ城壁がのこっている。ニネベはティグリス川とコスル川の合流点に位置し、商業ルートの交差する重要な地点だった。前6000年ごろには最初の居住の跡がみられ、その後とぎれることなく後1500年ごろまで人がすみつづけた。 前3千年紀~前2千年紀には宗教都市として知られ、この町の守護神イシュタル女神の彫像には病気をなおす特別の力があることが、遠くエジプトまで知られていた。センナヘリブ(在位、前705~前681)は、王位につくとすぐにカルフ(現ニムルド)からニネベに首都をうつした。ニネベはそのとき一新され、街路や広場、庭園や公園のほか、「ならぶもののない宮殿」とよばれる80以上の部屋をもつみごとな建物もたてられた。町の面積は約730haあり、周囲は巨大な城壁がめぐっていた。アッシュールバニパル王の治世中、ニネベの図書館には数多くの粘土板文書があつめられ、整理された。その膨大な神話・文学・歴史・語学などの文献が、アッシリア研究の基礎となった。 前612年に新バビロニア(→ バビロニア)とメディア王国によって街は破壊され、アッシリア帝国も崩壊した。ニネベの一部の地域にはその後も人はすみつづけたが、かつての栄光ある都市にもどることはなかった。
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