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特有の臭気をもつ無色の液体で、もっとも簡単な芳香族炭化水素(→ 炭化水素)。水にとけにくいが、有機溶媒とはあらゆる比率で混合できる。ベンゼンはすぐれた溶媒で、硫黄、リン、ヨウ素などの元素や、ゴム、脂肪、ワックス(ろう)、樹脂、および低分子の有機化合物の多くを溶解する。液体は引火しやすく、燃焼するときに多量のすす(煤)をだす。これは分子中にふくまれる炭素の比率が高いためである。またベンゼンの蒸気がまじった空気は、引火すると爆発をおこす。ベンゼンには毒性があり、高濃度の蒸気を吸入すると、中毒をおこす。
ベンゼン分子は6個の炭素原子をふくみ、6個の炭素原子はベンゼン環とよばれる六角形の環状構造をつくっている。また、それぞれの炭素原子には、1個の水素原子が結合している。ベンゼンを適当な化学薬品で処理すると、水素原子がアミノ基–NH2、ヒドロキシル基(水酸基)–OH、ニトロ基–NO2などにおきかわり、アニリン、フェノール、ニトロベンゼンなど、多くの重要な化合物が、ベンゼン誘導体としてえられる。ベンゼンおよび各種のベンゼン誘導体は、芳香族化合物とよばれる重要な有機化合物のグループに分類される。なお、ベンゼン環は、下の3通りで表記されるが、一般的には右の2通りがもちいられ、Hを省略してあらわす。
ベンゼンは1825年、イギリスの化学者ファラデーによって発見された。当時、イギリスでは石炭ガス(→ ガス)を利用したガス灯が普及しはじめていたが、ファラデーはガス灯の容器にたまる液体から、ベンゼンを分離した。1945年にはコールタールに大量のベンゼンがふくまれることが明らかにされた。織物用の合成染料が開発されると、ベンゼンは染料の原料として大量に生産されるようになった。コールタールは石炭を乾留してコークスにする際の副産物として生産される。現在では石油を原料として、石油ナフサ(→ ナフサ)の改質反応や高温熱分解などによってベンゼンが生産されている。 ベンゼンはプラスチックや合成繊維、合成ゴム(→ ゴム)、染料、医薬品などの原料物質として、化学工業でひろく利用される。純度の低いベンゼンは燃料にも使用され、ガソリンに添加されることもある。多くの有機化合物をとかすベンゼンは、有機化学の実験でも溶剤としてひろく使用される。ただしベンゼンを皮膚や呼吸器から吸収すると急性、慢性の中毒をおこす危険があり、発癌性(はつがんせい)もみとめられているため、ベンゼンの使用は法的に規制されている。
ベンゼン分子のもつ独特な構造は、有機化学の理論のうえでも重要な意味をもっている。1865年、ドイツの化学者ケクレの研究によって、ベンゼンの構造が明らかにされた。ケクレはベンゼン環の構造式として、3つの単結合と3つの二重結合が交互にくみあわさった構造を提案した。ケクレはまた、単結合と二重結合の共鳴によって、6個の炭素原子間の結合はすべてひとしくなることを主張したが、このことは後年の実験で証明された。現在ではベンゼン環の炭素原子の間隔はすべて、単結合の長さと二重結合の長さの中間になることが知られている。 20世紀にはいって、原子構造の解明がすすむと、電子軌道(→ 原子)によってベンゼン環の構造を説明する試みがはじまった。新しく提案された理論は、6個の炭素原子の電子軌道の重なりで、ベンゼン環の全体にひろがる電子軌道が形成され、それぞれの炭素原子に属する電子の一部は6個の炭素原子にひとしく共有されるというものだった。この理論はひろくうけいれられたが、1980年代のさらにすすんだ研究では、ベンゼン環についての理論は、むしろケクレの説明に近いものになっている。この理論ではベンゼンの分子全体にひろがる電子軌道ではなく、個々の炭素原子に属する変形された電子軌道によって、ベンゼン環の構造を説明しようとこころみている。
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