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しかし発達理論としてみるとき、ピアジェの経験説とゲゼルの遺伝・成熟説はけっして矛盾するものではない。同じ能力向上的な発達イメージにもとづいているところにもうかがえるように、むしろ両方の説は相互に補完しあって個体の能力発達を説明しているとみるべきだろう。そのことは後のワディントンの遺伝・環境(経験)相互作用説(後成説ともいわれる)によくあらわれている。 ところで、年齢とともに「何ができるようになるか」ではなく、「どのような問題をかかえこむようになるか」と問うてみると、まったくことなる発達観があらわれてくる。誕生した子供は、周囲の他者(親やその社会)の願いや期待、賞賛や叱責(しっせき)、肯定や否定、優しさや厳しさに翻弄(ほんろう)されながら人生をおくっていかざるをえない。その過程は能力が向上して世界がひろがるという肯定的な表の面ばかりでなく、葛藤を増大させ困難をより多くかかえこむという否定的な裏の面をあわせもっている。それは前にあげた、うつくしく力強い発達のイメージとはかぎらず、むしろ、きびしくつらい発達のイメージをふくみ、しかもそれは生涯全体をおおっている。
このようなペシミスティックともいえる発達観にたって人格発達の輪郭をえがいたのが、精神分析を創始したフロイトであった。エリクソンはそれを下敷きに、人の生涯を8つの段階(ライフ・サイクル)にわけ、それぞれのサイクルが固有の心理的危機をかかえるという人格発達段階説をとなえた。それは健康な発達のプロセスと病理的な発達のプロセスを同時に説明する理論であり、また今日の生涯発達論の先駆けとなるものであった。 ライフ・サイクルによって人生を区分する発達論は、各サイクルが個体の能力的節目を基盤にしながらも、そこに社会文化的要因(学校制度や慣習など)をふくむ点において、そのまま発達の社会文化理論でもある。そこにビゴツキーの「社会文化的なものが個人の意識を規定する」という発達理論を重ねると、今日、コールやワーチが主張する生涯発達の社会・文化・歴史的アプローチが生まれてくる。
他方、エリクソンの説く各サイクルの心理的危機はなによりも周囲他者との関係に規定されるものである。そこに今日、R.N.エムデらの主張する関係論的アプローチが合流する理由がある。発達を間身体的、間情動的な関係論的視点からみる必要をはやくから説いていたのはワロンであったが、そのワロンの思想は一面ではこのエリクソンの人格発達段階説に、したがってエムデの関係論的アプローチに重なるところがある。そして、葛藤をかかえつつ生きる人の人格に注目することによって、自己性の発達論がスターンやコフートらによって主張されるようにもなった。 発達理論はこのように個体能力発達論と生涯人格発達論とに大別することができる。そしてその理論上の違いは、研究者がどのような発達イメージをえがくかの違いとむすびついている。
20世紀初頭にはじまる発達心理学は、おもに子供の能力発達を記述する児童心理学として出発した。研究者の素朴な目が子供のめざましい成長の姿にひきつけられ、その運動面や認知面にあらわれる能力発達の側面がまずとりあげられたのは自然な成り行きであった。このように発達を能力向上の点からみるという視点は、子供の成長過程を丹念にたどるプライヤー、シュテルン、ビューラーらの観察日誌研究にも、また就学前に知的障害児を判別する必要から生まれたビネの知能検査の、その中核をなす精神年齢という概念にもあらわれていた。
このような能力発達への位置づけは、新しい行動の発現時期、発現順序を明確に規定しようというシャーリーらの研究動向につながり、その後、多数の乳幼児のデータをもとにして作成されたゲゼルの「発達診断表」に集大成される。また、これと同じ研究動向に位置づけられるビネの知能検査は世界各国にうけいれられ、アメリカのターマンのスタンフォード・ビネ改訂版をはじめ、各種の知能検査・発達検査が開発される出発点となった。 この動向の背景にあるのは、「発達観」のところでのべた遺伝・成熟説である。すなわち、子供のそだつ環境にも、子供の得る経験にもかなり大きな個人差があるにもかかわらず、通常、首がすわる、座位がとれる、あるく、言葉をはなす、等々の乳幼児の行動の発現時期は、人という種ではほぼ一定している。このような行動の出現時期を規定しているのは、遺伝的要因(遺伝子プログラム)であり、その発現は一定の生物学的時間の経過、つまり成熟によっている。
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