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成熟という概念は、ある行動の発現や巧緻(こうち)性の向上がもっぱら経験の結果によるものではないことをいうときに必要になってくる。たとえば一定の期間、特別な訓練をあたえたA群と、その訓練をしない統制群のB群とを、特定の行動に関して比較するとき、訓練終了直後にみられた2群の行動差が、通常の環境下で比較的短時間になくなり、B群がA群においつくという事実があるとすれば、その行動変化は経験によるものだけではないことになる。
このような成熟についての考えは、発達を規定するのは遺伝か学習(経験)か、ある行動の発現は生得的か後天的かという論争を生み、経験説の側からは経験剥奪(はくだつ)効果、経験付与効果などを明らかにする実験が対置された。実際、スピッツやボウルビーらの戦後孤児のホスピタリズム研究は、愛情あふれる母性的養育がうばわれれば子供の発達は大きく阻害されることを明らかにし、遺伝子プログラムでほぼ決まるかのようにみえる発達過程の背後に、重要な経験要因があることを示唆した。それらをふまえ、今日では、遺伝子プログラムと成熟要因がほぼ発達の可能性の輪郭をえがいているにしても、それを具現して実質化するうえに経験が必要であるという遺伝・経験相互作用説が支配的になっている。→ 母子関係:愛着理論
遺伝か経験かという議論は、ローレンツやティンバーゲンら、動物の本能行動を研究する比較行動学によってもとりあげられていく。ガンやカモなどの水陸両生の鳥類の雛(ひな)は、卵からかえるとすぐ親鳥を識別して、そのあとをついていくという「本能」行動をしめすことが昔から知られていたが、ローレンツらはこれが生得的解発機構(IRM)と解発刺激(RS)との組み合わせによって生じるものだとした。ただし、このIRMはこれらの鳥類の追従行動に関しては生まれてから一定の短い期間にしか機能しない。そこから臨界期(敏感期)という概念が生まれ、発達初期への関心をうながす契機のひとつになった。→ 刷り込み
発達は順序をおって展開するものであるだけに、発達の初期に特定の経験がうばわれて、ある行動が発現しなかったり、知的能力の定着がおくれたりすると、それによって次に予定されている行動の発現や能力定着がおくれ、それによりまた次の行動がおくれるというふうに、次々にマイナスが累積されていくことになる。このような発達的変化の固有の特徴から、初期経験の重要性が認識され、人間の幼児にとって臨界期はあるのかという問題をめぐる一群の研究があらわれる。臨界期を設定するのは遺伝子プログラムであるが、それを機能させて実質的な変化をひきおこすのは経験であるから、この議論そのものが遺伝・経験相互作用説の上にたっていることになる。
こうして、たとえば、母語の音韻体系の習得の臨界期、絶対音階の習得の臨界期などが考えられ、早期教育への引き金にもなっていった(→ 就学前教育)。しかし人間の場合、能力獲得に関しては相当の可塑性をもっていることも事実で、多くの行動は時期をのがしても習得可能である。むしろこの臨界期と発達早期は、基本的信頼感のような乳幼児の心(自己性)の形成に関して重要な意味をもっているようである。→ 言語発達
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