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国内法に対して国際社会の存在を前提としつつ国家間の関係を規律する法。国際公法ともいい、明治時代には万国公法ともよばれた。国際社会には、国内の議会とまったく同じ意味でのいわゆる「立法府」がないので、国際法は原則として、国際約束および慣習国際法という国家間の合意によって形成される。 国際法は、国家の領域と管轄権のおよぶ範囲をさだめ、国家間の交際を円滑にすすめるための仕組みをもうける。また、国家間の紛争を解決するための基準を設定するとともに、そのための手続きをととのえる。さらに、国際社会に共通の目的を実現するための、国家間の協力の枠組みともなる。
ごく抽象的に、国と国との間の関係を規律する法というだけの意味ならば、国際法はかなり古くから存在していたといえる。しかし、伝統的国際法(近代国際法、古典的国際法などともいう)が誕生するのは、ヨーロッパにおける近代国際社会のシステムを形成した1648年のウェストファリア条約からであるとみるのが一般的である。 その後、領域を単位とする近代的な主権国家建設の進展や、1789年のフランス革命にはじまる市民革命、そして資本主義経済の発展にともなって、国際関係はますます緊密化し、国際約束や国家の慣行に基礎をおいた近現代的な国際法が確立していく。 古典的な国際法は、当時の欧米諸国の基準からみた「文明国」だけを一人前の法主体としてみとめていたので、しばしば「ヨーロッパ公法」とよばれた。それ以外の諸国のうち、19世紀にはトルコ(オスマン帝国)、中国、日本などが、領事裁判権制度を中心とする不平等条約によって、いわば半人前の国際法主体として、国際社会に従属的にくみこまれ、多くの面で欧米諸国に対し片務的な義務をおった。 一方、アフリカを中心とするそれ以外の広大な地域は法主体すらみとめられずに国際法のたんなる客体とされ、「無主地」として先進国の(多くの場合武力をともなう)植民地支配の対象とされた。 このように、伝統的国際法は、ひとにぎりの先進国による、多くの中小国や広大な非ヨーロッパ世界に対する力による支配を正当化する法であったといえよう。
第1次世界大戦を契機に勃興(ぼっこう)した民族自決主義により、それまで欧米諸国以外で従属的な地位にあまんじてきた地域で新たな国家がつくられ、国際社会に登場するようになった。さらに第2次世界大戦後には、アジア、アフリカ地域における民族解放闘争の進展の結果、それまで以上に多数の新独立国が国際社会に参加し、ラテンアメリカ諸国とならんで国際法の変革を要求するようになった。こうして形成されつつある現代国際法には、次のような特徴がある。 第1に、現代国際法は、植民地支配を違法なものとし、社会経済構造や法制度、文化的伝統、経済発展段階のいかんを問わず、すべての国家の平等な国際法主体性を承認している(主権平等原則:国際連合憲章第2条1項)。この転換をもたらしたのは、自決権がすべての人民の国際法上の権利として確立したという事実である(同第1条2項)。この関連で、それまでいわば国家の陰にかくされてきた個人が、たとえば、国際人権保障といったかたちで、国際法の舞台に登場してきたこともみのがせない(たとえば「市民的及び政治的権利に関する国際規約の選択議定書」第1条)。 第2に、平時国際法と戦時国際法という二元的な構造をもっていた伝統的国際法に対して、現代国際法はいわば平時法に一元化されている。この転換は武力行使違法化の結果で、第1次世界大戦後の国際連盟規約にはじまり、第2次世界大戦後の国際連合憲章(第2条4項)にいちおうの結実をみせた。
国際法の規律内容としては、戦争、条約関係のみならず、外交官などの特権・免除をさだめる外交・領事関係法、条約の締結や効力などについてさだめる条約法、国家の成立に関する国家承認法、国家の成立や消滅にともなって生ずる承継に関する国家承継法、国家の不法行為などから生じる責任の問題をあつかう国家責任法、国家間の紛争処理手続きをさだめる紛争処理法のほか、領域を基準にして、国家領域法、海洋法、空法、宇宙法などの分野が存在する。 さらに、国際法上の個人の地位の向上を反映して、国際人権法、国際人道法、国際社会の組織化にともなう国際組織法などが存在する。
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