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Windows Live® の検索結果 南アジア、ヒマラヤ山脈にある世界最高峰。英語名エベレスト。チベット名がチョモランマで「神々の母」を意味し、チョモランマは中国語表記で珠穆朗瑪峰。ネパール名はサガルマータで「大空の頭」を意味する。ネパールと中国チベット自治区の国境上にそびえる。標高8850m。これはナショナル・ジオグラフィック・ソサエティ(全米地理学協会)が1999年に発表したもので、人工衛星をつかった全地球測位システム(GPS)で測量した結果である。中国政府は8848m(1975年測定)を公式値とし、日本でもその数字をつかうことが多かったが、2005年10月に中国国家測量局は最新の調査結果により標高を8844mに修正した。英語名は、1830~43年イギリス領インドの測量局長官をつとめ、41年にはじめてこの山の位置と標高を記録したジョージ・エベレスト卿の名にちなむ。 チョモランマ登頂への最初の試みは、1922年のイギリス隊によるもので、同年5月20日に2人の隊員が標高8225mの地点に達し、その約10日後に別の2隊員が8321mにまで到達した。しかし、3回目のアタックでは、雪崩によって7人が死亡し登頂を断念した。 1924年にふたたびイギリス隊が挑戦し、8595mに到達した。つづいて2人の隊員がさらに上をめざしたが、やがて霧が発生し行方不明になった。33年には、イギリス隊の4隊員が頂上まであと305mに近づいた。同年4月3日、イギリス隊の飛行機がはじめて山頂上空を2回にわたって飛行した。36年と38年のイギリス隊による登頂の試みは失敗におわっている。また、52年には2度にわたってスイス隊(春隊・秋隊)が挑戦し、登頂はできなかったものの、春隊が頂上まであと46mの高度までせまった。 1953年5月29日、ついにイギリス隊が初登頂に成功した。南東稜(りょう)から世界一の頂上にたったのは2人の隊員、ニュージーランド人のヒラリーとネパール人ガイドのテンジン・ノルゲイであった。ヒラリーはこの功績で隊長のジョン・ハント大佐とともにナイトの爵位をさずかった。 1956年、スイス隊の4人が第2登に成功した。アメリカ隊は63年5月1日に初登頂し、22日には未踏の西壁からの登頂もなしとげた。65年には2つのインド隊が登頂し、測量をおこなった。また日本隊は、70年(昭和45)の植村直己、松浦輝夫、平林克敏らの登頂につづいて、73年に石黒久、加藤保男らが秋のポスト・モンスーン期での登頂に成功した。75年には田部井淳子が女性で最初の登頂者となる。さらに95年(平成7)、日本大学隊が最後の難関といわれた北東稜からの登頂に成功した。
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