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仰韶文化

仰韶文化 ぎょうしょうぶんか
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

中国・黄河流域にさかえた新石器時代前半期の農耕文化で、竜山文化に先行する文化。ヤンシャオ文化ともいう。名称は1921年にスウェーデンのアンダーソンが発見した河南省の仰韶遺跡による。ここで彩陶がみつかったことから従来は彩陶文化と同じ意味でつかわれてきたが、仰韶文化の基本は紅陶であり、彩陶はその一部にすぎない。文化が多面にわたるため、大きく3つの地域にわけて分析される。

II

3地域の類型分けと年代

陝西省南部、河南省西部、山西省南部地区は仰韶文化の中心地域である。3類型にわけられ、半坡(はんぱ)類型は陝西省の半坡遺跡を標準とするもので、炭素14法の年代測定で前4800~前3600年。廟底溝(びょうていこう)類型は河南省の廟底溝遺跡を標準とし、分布は半坡類型よりひろく、年代は前3900~前3000年。西王村類型は山西省の西王村遺跡を標準とし、年代は前3700~前2700年とされている。

河南省洛陽、同省鄭州地区には2つの典型的遺跡がある。洛陽の王湾遺跡は新しい層に竜山文化もふくんでいる。鄭州の大河村遺跡は6期にわけられ、4期までが仰韶文化にあたる。年代は前4000~前3000年。

河南省北部、河北省南部地区は2類型にわけられる。後岡(こうこう)類型は河南省安陽県を中心に分布し、大司空(だいしくう)類型も河南省安陽県を中心とするが、後岡類型のほうがややはやく、半坡類型とほぼ同じ年代である。

仰韶文化は長期で、内容も多岐にわたるため一元的にはとらえがたい。

III

仰韶文化の遺跡と遺物

遺跡は河岸の台地に多く、住居・窯(かま)・共同墓地などがある。集落には環濠をめぐらし、中央に広場をつくって集会場らしい大型住居を中心にして住居群がたつ。住居は半地下式や地面式、地面連室式の3種がある。栽培用のアワ・カラシナ・白菜・コーリャン(モロコシ)などの種子がみつかっており、犬やブタを家畜として飼育し、ヒツジ・牛・ニワトリ・馬などもいた。打製・磨製石器が農工具としてつかわれ、鏃(やじり)は骨鏃を主に石鏃・角鏃もつくられた。

土器は手でまきあげてつくり、ロクロの使用はみられない。きめ細かな粘土でつくる紅陶と胎土に砂をふくむ灰陶(かいとう)があった。直線・曲線などや人面・動物を黒・赤色顔料で模様にした彩陶は、祭祀(さいし)や副葬品にもちいられた。墓は成人が共同墓地の土坑に、幼児は甕棺(かめかん)に入れて床下や家の外にうめられた。モンゴロイドと思われる原中国人(プロト・チャイニーズ)がこの文化をになったとされる。仰韶文化は、先行する老官台文化や裴李崗文化など新石器時代早期の農耕文化を発展させ、黄河流域にひろがって山東省域の口文化などにも影響をあたえ、竜山文化の源流となった。

黄河文明

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