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    天文学 (てんもんがく、Astronomy)とは、 天体 や 天文現象 など、地球外で生起する自然現象の観測、 法則 の発見などを行う 自然科学 の一分野。 地球科学 や 物理学 の一分野とされることもあり、 位置天文学 ・ 天体力学 ・ 天体物理学 などから構成される ...

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    天文学はアマチュアも活発に活動する分野。すい星・小惑星などの新たな星の発見で話題になることも。

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天文学

天文学 てんもんがく Astronomy
百科事典項目
項目構成
V

中世の天文学

ギリシャの天文学はシリア人、インド人、アラビア人へと、東にむかってつたえられた。アラビアの天文学者は、9世紀および10世紀に新しい星図を編集し、つづいて惑星の運動表をつくった。13世紀、プトレマイオスの「アルマゲスト」のアラビア語版が西ヨーロッパにつたえられ、天文学への興味を刺激することになった。ヨーロッパ人は最初、プトレマイオス体系を基礎として惑星の運動表をつくったり、理論をわかりやすく要約した。のちに、ドイツの哲学者・数学者のニコラウス・クサヌスとイタリアの芸術家で科学者のレオナルド・ダ・ビンチが、地球中心説(天動説)に疑問をなげかけることになった。

VI

コペルニクスの理論

天文学の歴史は、ポーランドの天文学者ニコラス・コペルニクスによって、16世紀に劇的な転換点をむかえた。彼は生涯の大半を天文学の研究のためについやし、自分で観測をおこなって新しい星図をつくった。著作「天球の回転について」(1543)で、地球を宇宙の中心とするプトレマイオス理論を批判的に分析し、地球の代わりに中央には太陽があると仮定すると惑星の運動を説明できることをしめした。

コペルニクス体系あるいは太陽中心説(地動説)は、ガリレイがその証拠を発見するまで、ほとんど注目されなかった。長い間、ひそかにコペルニクスの研究を称賛してきたガリレイは、オランダで望遠鏡が発明されたときに、コペルニクスのいうように地球がうごいているのかたしかめたいと考えた。1609年、ガリレイは小さな屈折望遠鏡をつくって観測し、金星の満ち欠けを発見した。これは、金星が太陽の周りをまわっていることをしめしていた。また、木星の周囲をまわる4つの衛星と、土星の環を発見した。少なくとも天体のいくつかは地球の周りをまわっていないことを確信したガリレイは、コペルニクスの理論はただしいと記述しはじめた。このため、彼は教会によって審問にかけられ、自分の信念と著作を放棄することを余儀なくされた。

VII

ニュートンの理論

科学的な視点にたつと、コペルニクスの理論は、プトレマイオスが考えた惑星の軌道を配置しなおしたにすぎなかった。一定の速度で円をえがいてまわっている、という惑星の運動に関する古代ギリシャの理論は、コペルニクス体系の中でも維持されていたのである。デンマークの天文学者ティコ・ブラーエは、1576年から97年まで、太陽、月、惑星を、コペンハーゲン近くの彼の島の天文台で観測した。ブラーエのデータをもとにして、ドイツ人助手のヨハネス・ケプラーは惑星の運動の法則を公式化した。それは、惑星は太陽の周りをまわっているが、一定の速度で円軌道をまわっているのではなく、変化する速度で楕円軌道をまわっており、惑星の太陽からの相対的な距離は、観測される公転周期から決定できる、というものである。

イギリスの物理学者アイザック・ニュートンは、惑星の運動に関するケプラーの法則を説明するのに、数学的な推論から、太陽とそれぞれの惑星の間には引力が存在している、と論じた。ニュートンの数学的発見は、万有引力の法則とよばれている。重力

VIII

近代天文学

ニュートンの時代以後、天文学はいくつかの方向に分岐した。ニュートンの万有引力の法則によって、古くからある惑星運動の問題は、天体力学としてあらためて研究されることになった。改良された望遠鏡で惑星の表面の調査や、多くの暗い星の発見、星までの距離の測定が可能になった。19世紀には新しい装置、分光器の発明によって、天体の化学組成と運動についても情報がえられるようになった。

20世紀になると、さらに大きな反射望遠鏡が建設され、口径600cmのものもある。これらの装置をつかった研究によって、銀河や銀河団の構造が明らかになった。20世紀後半には、物理学の発達が新しいタイプの観測装置をもたらし、そのいくつかは天文衛星として地球の軌道をまわっている。これらの装置は、ガンマ線X線紫外線赤外線電波とさまざまな波長の電磁波に敏感に反応する。現在は惑星、星、銀河だけでなく、連星をとりまくプラズマ、新しい星が生まれつつある星間領域、可視光線ではみられない低温の粒子、ブラックホールがあるかもしれない活動的な銀河核、宇宙の初期の歴史について情報を提供してくれるかもしれないビッグバンでつくられたフォトン(光子)、などの研究がおこなわれている。天文台レーダー天文学宇宙探査

IX

太陽系

ニュートンの万有引力の法則は、ケプラーの楕円運動の法則を説明するために、太陽と惑星の間には引力がはたらいている、と仮定している。それはまた、惑星どうしや、太陽と彗星のようなほかの天体との間にも、小さな力がはたらいていることを意味している。惑星間ではたらく引力のために、惑星の軌道は単純な楕円運動からずれてしまう。ニュートンの理論をもとに予測されるそうした不規則性の多くは、望遠鏡でなければ観測できない。太陽系

惑星の位置の観測は、より正確な観測装置と写真技術の開発によって改善された。また、数値計算によって、何年も先の惑星の位置をほぼ正確に予測することができるようになった。このような計算にはコンピューターがもちいられている。

望遠鏡の使用によって、太陽系の新しい仲間が数多く発見された。イギリスの天文学者ウィリアム・ハーシェルが1781年に発見した天王星、イギリスの天文学者ジョン・アダムズとフランスの天文学者ルベリエがそれぞれ単独で1846年に発見した海王星、アメリカの天文学者クライド・トンボーが1930年に発見した冥王星などがある。

衛星の数は、惑星探査機外惑星を調査することによりふえてきている。2007年9月現在、地球の衛星は1個、火星は2個、木星は63個以上、土星も63個以上、天王星は27個、海王星は13個がわかっているが、これらの数はすぐれた観測がなされるにつれて、さらにふえていくかもしれない。

13万個以上の小惑星の軌道が確認されているが、その大部分が火星と木星の軌道の間をまわっている。また数千の彗星のリストができている。太陽系内には無数の小さな天体が、石質あるいは金属質の流星として存在している。小惑星彗星太陽

1814年にドイツの物理学者ジョゼフ・フラウンホーファーが分光器を発明し、化学元素により独特のスペクトル線をしめすことが発見されたおかげで、遠い天体の化学分析と物理的研究が可能になった。惑星と恒星のスペクトル分析によって、天体も地球上と同じ化学元素でつくられていることがわかった。分光研究はまた、天体の表面温度、表面重力、天体運動などについて、手掛かりをあたえてくれる。スペクトル分光学

1970年代と80年代に、水星、金星、火星、木星、土星、天王星の化学的・物理的データをえるためにうちあげられた無人探査機によって、土星の環と、木星、土星、天王星の新しい衛星が発見された。これらの無人探査機はまた、太陽系のほかの惑星には生命が存在しないことをしめす情報ももたらした。これらの惑星は温度が高かったり低かったり、乾燥しすぎていたり、あるいは生命にとって有害な大気をもっている。

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