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三角法と三角関数三角法と三角関数 さんかくほうとさんかくかんすう Trigonometry and Trigonometric Function
百科事典項目
項目構成
2世紀に活躍したプトレマイオスの天文学書「アルマゲスト」には、30秒刻みで0°から180°までの弦の表が小数点以下第5位まで正確に書かれている。そこにはまた、弦の表の作成方法に関する説明や、三角形の既知の量から未知の量をもとめるために表をつかう方法がのべられている。プトレマイオスの本には、今日メネラオスの定理として知られている、球面三角形を解くための方法ものべられている。何世紀もの間、彼の三角法は天文学の基礎になった。しかし、プトレマイオスとほぼ同時代に、インドの天文学者は、ギリシャの弦の表のかわりに正弦関数にもとづいた三角法を発展させた。正弦関数といっても現代のものとはちがい、一定の斜辺をもつ直角三角形について、あたえられた角度によってきまる対辺の長さそのものをあらわしたもので、比の値ではなかった。インドでは、この斜辺の長さにも、いろいろな値をもちいた。
8世紀後半、イスラムの天文学者はギリシャとインドの伝統をともにうけついだが、もっぱらつかわれたのはインドの正弦関数のほうであった。10世紀末までには、正弦関数のほかの5種類の三角関数もえられ、平面や球面の三角法における多くの基本的な定理が証明された。r = 60のかわりにr = 1もつかわれるようになり、今日の三角関数と同じ値になった。イスラムの数学者は、球面三角形を考えるのに極三角形ももちいた。これらの発見は、天文学のためにつかわれるばかりでなく、天文時をはかったり、イスラム教の教義にしたがって日に5回の礼拝をするとき、聖地メッカの方向を確認するのにも役だてられた。イスラムの科学者がつくった数表はひじょうに正確で、たとえば正弦と正接の表は度刻みで作られていて、小数点以下第9位まで正確だった。13世紀の天文学者アットゥーシーは、「天文要覧」をのこし、三角法をはじめて独立した数学としてあつかった。
ヨーロッパには12世紀初め、アラビア語の天文学書の翻訳で三角法がつたえられた。ドイツの天文学者で数学者のレギオモンタヌスことヨハン・ミュラーが、15世紀にヨーロッパで最初の三角法の書物をだした。16世紀には、ドイツの天文学者レティクスことゲオルゲス・ヨアヒムが、三角関数を長さとしてではなく比の値として定義する、今日の概念を導入した。フランスの数学者フランソワ・ビエトは、球面三角法に極三角形を導入したり、正弦関数や余弦関数の倍角公式などもしめした。 17世紀初めに対数を発明したスコットランドの数学者ジョン・ネーピアは、三角法の計算にも大きな貢献をした。彼は、直角球面三角形を解くための10個の公式をみいだし、おぼえやすくまとめ、一般の球面三角形を解くためのネーピアの類推とよばれる方法もつくった。
ネーピアの対数に関する本の出版からほぼ半世紀して、ニュートンが微積分を発明した。この業績は、いろいろな関数をxのべき乗の無限級数であらわす方法をニュートンがみいだしたことが、ひとつの基礎となっている。彼は、sin xやcos xやtan xを無限級数であらわした。微積分が発明されると、三角関数は解析学にとりいれられ、純粋数学と応用数学の両方で重要な役割をはたすようになった。
18世紀になってスイス生まれの数学者オイラーは、複素数によって三角関数を定義した(→ 数)。このことで、三角法のすべての問題は複素数の数多くの応用のひとつになり、三角法の基本法則は、複素数の計算から簡単にみちびかれる結果であることがしめされた。
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