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オーストラリア本土と周辺のオーストラリアに属する諸島(タスマニア島:→ タスマニア州、バサースト島、メルビル島、トレス海峡諸島:→ トレス海峡)の先住民族の総称である。英語で原住民を意味するaborigineが固有名詞化したものであり、現在では原義の侮蔑(ぶべつ)的なニュアンスはうしなわれ、オーストラリア先住民をさす言葉として広く一般にもちいられている。 ただし、トレス海峡諸島の先住民ティウィ(人間という意味の自称)はアボリジニの名称をこばんでおり、オーストラリア政府は、公式文書で彼らを本土のアボリジニと区別して「アボリジニおよびトレス海峡諸島民(ATSI)」という表現をつかっている。また、最近では、国際先住民年(1992)を機に、アボリジニやATSIといった名称にかえて、「オーストラリア先住諸民族」とよぶことが多くなっている。
5万~4万年前の太古の時代から、アボリジニはオーストラリア全土で狩猟採集および漁労生活をいとなんでいたが、ヨーロッパからの移民が本格化した1788年から、伝染病や虐殺、強制移住、搾取などにくるしめられ、30万であったとされる人口が1920年代には6万人にまで激減した。その後の保護政策で23万8492人(1991年の国勢調査、他にトレス海峡諸島民が2万6902人)まで回復したものの、都市アボリジニのはげしい文化的崩壊と混血化により、伝統的なアボリジニ諸語を話せる人々は辺境にすむ約5万人にすぎず、日常会話にはピジン語、クレオール語、英語がつかわれている。 イギリス人の入植まもない18世紀末には、600近いアボリジニ社会が知られており、言語の数も200~250近くがあったと考えられるが、すでに多くが死語となった。現存する約50の言語の大半も、話せる人数はそれぞれ50人以下で消失寸前となっている。それらは、言語学的にはすべてオーストラリア原住民諸語に属し、内陸部の諸言語はよく似ているが、北部地域の諸言語はそれぞれかなりことなる。しかし、音韻(→ 音韻論)、文法、語彙(ごい)のいずれにもなんらかの共通性がみられる。一方、周辺のオーストロネシア語族やオーストロアジア語族とはほとんど共通性がなく、アボリジニ諸語の特異性をしめしている。
近代化の波をうけて人々の生活は大きく変化したが、中央砂漠地帯や北部沿岸地域では、独自の文化が維持されている。アボリジニの伝統的な生活は、カンガルーやワラビー、ネズミのほか、ヘビやカメ、トカゲ、幼虫、木の実、根茎、魚介類などの狩猟採集もしくは漁労に依存し、複雑な婚姻システム(→ 結婚)で生じる親族で構成された30人ぐらいの共同体ホルド(→ バンド)を単位に、居住地の移動をくりかえす。 ここ数十年の間に槍や石ナイフ、骨針、ヤスなどの道具は、ライフル銃をはじめとする文明の利器(→ 技術と文明)に急速にかわりつつあり、移動にはトラックがつかわれるようになったが、広い大地を必要とし、自然環境を知りつくしていなければなりたたない生活であることにはかわりがない。最近、アボリジニが野火をはなつ行為が問題視されるが、これらもむしろ生態系維持のため何千年以上もつたえられてきた彼らの知恵とみるべきである。
アボリジニは、精緻(せいち)な自然認識にもとづいた神話やトーテム(→ トーテミズム)、精霊などの象徴的世界や誕生と葬送(→ 葬制:葬式)、成人式などの通過儀礼にみられるように、豊かな精神文化をきずきあげてきた。それらは、さまざまな儀礼や日常の歌やダンス、そして絵画や彫刻に代表される。 精霊をかたどった彫像、聖地の岩山や洞窟の壁画のほか、中央砂漠地帯の儀礼の際にえがく砂絵や、北部アーネムランドのユーカリの樹皮にえがく木皮画には、大地や水、天体、人間などにまつわる太古の出来事やものの名前の由来をかたった神話、トーテムに関する下部社会の秘密化された伝承などがストーリー性をもってえがかれている。それらは、アボリジニにとって彼ら自身の精神世界をうつしだす行為(ドリーミング)として重要な意味をもつだけでなく、赤茶、黒、白、黄土色などであざやかに彩色され、芸術性の高さでも世界じゅうに知られている。
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