Windows Live® の検索結果
Windows Live® の検索結果 ページ 2 / 3
項目構成
イギリスでは、ロマン主義は、ワーズワースとコールリジの共著「抒情歌謡集」(1798)の出版をもってはじまる。初期の代表者は、ワーズワース、コールリジ、サウジーなどの湖畔詩人たちである。 ついで、ナポレオン戦争をへて、バイロン、シェリー、キーツたちが台頭し、イギリスのロマン主義は頂点に達する。とくにバイロンの因習破壊的な詩とスコットの歴史小説はヨーロッパ大陸にも大きな影響をあたえた。 1820年以後、ロマン主義は、産業革命の急速な進展と、それに対応したベンサムやミルを代表とする功利主義の台頭によって、しだいに衰退していく。→ イングランド文学の「ロマン主義の時代」
フランスでは、ロマン主義の本格的な高揚はドイツやイギリスとくらべてややおくれる。まず19世紀の最初の20年にシャトーブリアンとスタール夫人が活躍し、ロマン主義的な文学がうけいれられる素地をつくっていく。 つづく1820~30年の文学的論争の時期をへて、30年のユゴーの「エルナニ」上演の成功でもってフランスのロマン主義は決定的な勝利をおさめる。この時期、演劇、詩、小説のさまざまな分野で傑出した才能をしめしたユゴーを筆頭に、抒情詩にひいでたラマルティーヌ、独自の才能を発揮したスタンダール、バルザック、ジョルジュ・サンド、幻想的な小説を書いたノディエ、ネルバル、ゴーティエたちが輩出した。 しかし、1840年を絶頂としてロマン主義はおとろえていき、50年代には写実主義にとってかわられる。→ フランス文学の「ロマン主義運動」
ロマン主義はヨーロッパのほとんどの国々でみられた現象である。イタリアでは詩人マンゾーニとレオパルディ、ロシアではプーシキン、レールモントフ、ゴーゴリ、アメリカではポー、クーパーなどをロマン主義の作家、詩人とみなすことができる。
ロマン主義者たちは自然に深い共感をよせた。啓蒙主義をへて懐疑から不信仰におちいった彼らは、自然の中に神をみいだすことで新しい宗教体験をつくりだした。このような自然神秘主義(→ 神秘主義)は、ワーズワースの詩、ノバーリスの詩や小説、フリードリヒの絵画などに反映している。 ロマン主義の自然観を典型的にしめしているのは、ドイツの哲学者シェリングの自然哲学である。彼は、自然は目にみえる精神、精神は目にみえない自然であって、両者は根元的に同一であると考えた。自然の中に精神をみる彼の自然観は、ニュートンに代表される機械論的な自然観を否定し、「生ける自然」というみずからを産出し生成していく有機的な自然像を提示することになった。
ロマン主義者たちは人間の「昼」の側面よりも「夜」の側面を重視した。詩人たちはこのんで夜を詩にうたい、作家たちは怪物や幽霊を小説にえがき、哲学者たちは夢や狂気や無意識に関心をよせた。彼らは、啓蒙主義者とちがって、人間を、感性と悟性だけの機械的な存在ではなく、より複雑で多面的な内面をもつ存在ととらえた。こうして理性よりも直観のうちに創造の才を発揮する天才が重視された。 また人格の完成を重視する古典主義に対し、ロマン主義では人格の成長が重視され、一個人の知的感情的発展過程を描写する教養小説が、とりわけドイツでこのんで書かれるようになる。
|
© 2009 Microsoft
![]() ![]() |