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NATO(北大西洋条約機構)

NATO(北大西洋条約機構) ナトー
百科事典項目
項目構成
V

コソボ介入と新戦略概念

1999年3月24日、ユーゴスラビアのコソボ自治州紛争にNATO軍が介入し、ユーゴの全域にわたり、軍事施設などへの空爆を開始した。NATOによるこの攻撃は、その最中に開催されたNATO50周年の首脳会議で確認されたように、「人権や民主主義などの価値をまもるために」加盟国の防衛だけでなく、「地域全体の平和と安全に貢献」するものへとNATOの戦略概念が拡大したことを意味した。同時に、ヨーロッパが独自に軍事行動をおこなう場合、それまでは西欧同盟との協力を基本としていたが、今後はEU(ヨーロッパ連合)が主体となることも首脳会議で確認された。こうして、EUとNATOは、ヨーロッパの政治・経済への影響にとどまらず、警察としての役割も意識されることになった。NATO新戦略概念

VI

NATO・ロシア理事会を設立

2002年5月28日、NATO加盟19カ国首脳は、ロシアのプーチン大統領をまねいた特別首脳会議をローマ郊外で開き、NATOとロシアが対等の立場で協議、決定をおこなう「NATO・ロシア理事会」の新設をきめたローマ宣言に調印した。ロシアは準加盟国的な地位をえ、テロ脅威への対処、大量破壊兵器の拡散防止、軍備管理と信頼醸成、TMD(戦域ミサイル防衛)での協力や共同訓練、海難救援活動など、共通の利益にかかわる分野で協議、決定にくわわることになった。

これにより、NATOはソ連を仮想敵国とした性格をはっきりとかえ、国際テロや大量破壊兵器の拡散などの「新しい脅威」に共同で対処するものとなった。NATOの東方への再拡大も勢いをますことになった。

VII

第2次東方拡大とアフガニスタン派遣

2002年11月、プラハで開かれた首脳会議は、ルーマニア、ブルガリア、スロバキア、スロベニアの東欧4カ国、および旧ソ連の一部であったエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国、計7カ国の加盟を決定した(第2次東方拡大)。7カ国は、04年3月、同時に正式加盟し、これにより加盟国は26カ国となり、ヨーロッパの安定がよりすすむことになった。

2002年のプラハ首脳会議では、テロや大量破壊兵器拡散などの事態に迅速に対応するため、「NATO即応部隊(NRF)」の創設も決定した。約2万人からなる陸海空の統合部隊で、世界のどこへでも発令後5日以内で展開し、30日間の軍事行動が可能な部隊をめざして03年10月に発足。以後徐々に部隊をととのえ、06年11月、完全な作戦能力を有するにいたったと発表された。

2001年12月、アメリカのアフガニスタン攻撃によるタリバーン政権崩壊後、国連安保理決議にもとづいて発足した国際治安支援部隊(ISAF)にはイギリスやドイツをはじめとするNATO加盟国が参加。03年からはNATOが部隊の指揮をとることになり、06年からはアメリカ軍にかわってアフガニスタン全土の治安維持の責務をおっている。ヨーロッパ域外への派遣、地上軍派遣ともにNATO創設以来初のことである。しかし、タリバーンの勢力復活により、NATO軍は苦戦を強いられている。

VIII

創設60周年と今後の課題

NATO創設60周年にあたる2009年4月、新たに、バルカン諸国のクロアチアアルバニアが加盟し、NATOは28カ国体制になった(第3次東方拡大)。また同じ月に開かれた首脳会議で、1966年に軍事機構から脱退していたフランスが、完全復帰(1995年に一部復帰済)を表明した。

2003年のイラク戦争をめぐり、アメリカに同調して開戦を支持するイギリスや旧東欧諸国と、反対したフランスやドイツなど、NATO加盟国の中における足並みの乱れがみられた。また、ロシアが反発していたアメリカによる弾道ミサイル防衛(MD)システムの東欧配備計画についてNATOが支持したことや、08年におきたグルジアに対するロシアの軍事介入により、NATO加盟国とロシアの関係が悪化。「新冷戦」とよばれる状況におちいったが、その後、関係は修復された。しかし、NATO加盟を希望しているグルジアやウクライナについては、隣国ということもあってロシアが警戒感をしめしている。そのため、これら2カ国のNATO加盟にはフランスやドイツをはじめ慎重論が多く、NATOの東方拡大の勢いは、ひとまずおちついたといえる。マケドニアについては、ギリシャと係争中の国名問題が解決するまで加盟承認は先送りされている。

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