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    植物学 (しょくぶつがく、Botany)は 植物 を対象とする 生物学 の一分野。 自然史学 の一部門に由来する。古くは 生物 を 動物 と植物に分けることが一般的であり、生物学が誕生する以前から 動物学 と植物学は存在していた。

  • 植物学

    植物学。植物学では、植物の模型や構造模型などを販売。裸子植物、被子植物、隠花植物、菌類など多数掲載中。

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植物学

植物学 しょくぶつがく Botany
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項目構成
I

プロローグ

植物を研究の対象とする生物学の一分野。現在では、植物は光合成をおこなう多細胞生物と定義されているが、バクテリア・藻類・菌類のように、光合成をおこなわない生物も、ひきつづき植物学の対象になっている。研究分野として歴史的につながりがあり、真正の植物と多くの類似点があること、さらに生物学をあまりに細分化してしまわないようにという現実的な理由からである。

植物学は、もっとも小さく単純な形態のものからもっとも複雑なものまで、また植物個体の個々の面の研究から植物群落のさまざまな構成員と環境や動物との複雑な相互作用まで、植物の研究のあらゆる領域にかかわっている。生態学

II

歴史

文明は植物とその栽培の知識にある程度依存しており、前9000~前7000年にさかのぼる最初の作物栽培が、植物学の起源であるといえる。しかし、人類が植物そのものに興味をもちはじめたのは、はやくても約2300年前である。すなわち純粋な科学としての植物学は、前4世紀にギリシャの哲学者テオフラストスによりはじまった。彼の植物の分類・形態・繁殖に関する論文は、17世紀までこの分野に大きな影響をあたえた。実際、近代的な植物学が発展しはじめたのは16世紀ごろにすぎず、15世紀半ばにはじめられた活版印刷と17世紀初頭の顕微鏡の発明がその発展に影響をあたえたとされる。

ギリシャ人は、植物は土からだけ栄養をとっていると信じていた。ベルギーの科学者ジャン・ヘルモントが、水だけをやった鉢植えのヤナギが5年間で75kg近くふえたのに、土は約60gしかへらなかったということを立証したのは、17世紀になってからのことである。このことは、土壌は植物の重さの増加にごくわずかしか関与していないことをしめしている。

18世紀にはイギリスの化学者ジョゼフ・プリーストリーが、ろうそくをもやすか動物の呼吸によって酸素をのぞいた空気が生長している植物によって元にもどることを証明し、オランダの生理学者インゲンホウスは植物が空気の酸素を再生するには光が必要であることをしめして、さらにこの知見を拡張した。これらの発見が、植物学の中で植物の基本的な機能をあつかう現在の植物生理学の基礎となった。

水が木部をとおって上へあがり、水にとけた物質が植物のをとおって下へ移動することが、17世紀にイタリアのマルチェロ・マルピーギとイギリスのネヘミヤ・グルーによって、個々に発見された。以来300年ほどたつが、植物体中の液体の動きを説明する理論が種々の厳密な分析手法をもちいて確立されたのは最近のことである。

III

古典的研究

光合成と植物中の水の移動についての大まかな観察と実験は、植物の構造の知識がなくてもできるが、その現象を説明するには、植物の形・発生・生活史の研究と解釈をする形態学と、植物の組織とその起源そして相互関係を研究する解剖学の知識が必要である。

植物が細胞からできていることは、17世紀にイギリスの科学者ロバート・フックによってはじめて指摘され、このとき彼はコルクが細胞で構成されていることを観察した。1838年、ドイツの植物学者マティアス・シュライデンは、すべての植物の組織が細胞からできているという考えを提示した。これは生きているものに基本的に共通するものがあることを示唆し、集合した組織としてではなく個々の単位としての細胞の構造と機能を研究する細胞学の発達の基礎となった。ドイツの病理学者ルドルフ・フィルヒョーは、58年、細胞は既存の細胞から生じること、したがって過去と現在の生物の間に連続性があることをしめした。

このような知見は、植物生理学と解剖学の発達だけでなく、遺伝と進化の科学である遺伝学の理解においても重要であった。19世紀には、オーストリアの修道士グレゴール・メンデルが、エンドウをつかって花と栄養体の形質変異を観察し、遺伝の基礎的法則を考えだした。彼の交雑実験(雑種)は、生殖における花の各種部位の役割についての知識を必要とし、この知識は植物の有性生殖について明らかにしたオランダの植物学者ルドルフ・カメラリウスの実験からえられたものである。

メンデルの実験は1900年代初頭までは注目されず、その間にチャールズ・ダーウィンがメンデルの研究についての知識なしに進化論をうちたてた。ダーウィンは生物の時間的な多様性と変化を観察し、メンデルはことなる形質の分離と組み換えを支配する法則を明らかにした。しかし多様性と変化の源が何であるかは知られていなかった。それがわかったのは、オランダの植物学者ヒューゴー・ド・フリースオオマツヨイグサで予想できる雑種のほかに新しい形質が自発的にあらわれることを発見し、それが遺伝子の変化すなわち突然変異の結果おこったものであると示唆してからである。

解剖学、遺伝学、そして進化論は、植物学の一分野である植物分類学に理論上の基礎を提供し、大きな進歩をもたらした。17世紀にイギリスの博物学者ジョン・レーは、植物を花がさかないものとさくものにわけ、花がさく植物を双子葉植物単子葉植物にわけた。しかし、現在の分類の基礎となる枠組みをつくったのは18世紀のスウェーデンの植物学者カール・リンネで、各植物に2つの名前をあたえる単純化した命名システムを確立した。この二名法は、最初に属名、つぎに種小名をしめすもので、現在、世界でひろくおこなわれている。

日本の植物研究は、明治期までは本草(ほんぞう)学が中心であった。これは中国古来の学問で、奈良時代に日本につたわり普及した。本草学は薬用に重点をおいて、植物やその他の自然物を研究、記録するものである。江戸時代にもっとも盛んになり、動物、鉱物をふくめて、博物学的に発展していった。明治期になって、植物学と生薬学にうけつがれたが、本草学の遺産は現代にも生きつづけている。日本で近代的な植物学がはじまったのは、1877年(明治10)に官立東京大学(のちの東京帝国大学)に生物学科が開設されたときからである。

IV

現代の植物学

植物学では、進化や分類に関する情報を動物学ほど化石にたよらない。植物の遺物が動物の場合ほど完全ではないからである。それでも化石植物を研究する古植物学は、植物の主要なグループの進化に対する全般的な理解、とくに種子植物類の綱(こう)の間の相互関係理解に、大きく貢献した。しかし、被子植物の起源のような基本的な問題にこたえられるようになるまでには、解明しなければならないことが多くのこっている。

植物の研究者たちは、幅ひろい仕事にかかわっている。多くの植物学者は教育と研究の両方にたずさわる立場にある。研究には、実験室での研究と野外での研究がある。植物学は、本来、植物の基本的性質の調査をおこなう純粋科学である。しかし、人類の福祉や進歩に直接かかわる面も多くあり、応用植物学などは重要な分野である。林業園芸のような分野は、基礎植物学の研究と緊密にむすびついている。いっぽう薬理学や作物学などはそれほど緊密とはいえないが、それでも基礎植物学の知識に依存している。

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