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1870~1952 イタリアの女医、教育者。ローマ大学で医学と人類学をまなび、1896年、イタリアで最初の女性医学博士となった。
卒業後、大学付属精神科病院に医局員としてのこり、知的障害児の治療と研究に従事して、知的障害児教育に関心をもった。こうして、この道の先駆者であるJ.イタールやE.O.セガンの研究成果にまなび、国立特殊児童学校で知的障害児教育の実践にとりくみ、1900年には、ローマ大学に再入学して、教育学や心理学を研究した。 1907年、ローマ住宅改良協会の要請により、ローマ市内のスラム街の共同住宅にすむ2~6歳の幼児のための保育施設「子供の家」を開設。ここで、それまでに蓄積、開発してきた知的障害児教育の原理や教具をふつうの幼児に適用し、それらを幼児の反応や行動を観察しながら改良して、モンテッソリ法とよばれる独自の幼児教育法をつくりだした。この成果は、「子供の家の幼児教育に適用された科学的教育学の方法」という本にまとめられ、1909年に公刊された。
モンテッソリ法は、幼児を主人公とする周到にととのえた環境の中で、幼児の感覚と筋肉、身体と精神の自由な活動を刺激し、知的能力、身体運動能力、社会的能力などを発達させるとともに、自発性や自立心をやしなおうとするものであった。その特徴は、感覚訓練の重視、また、それ自体の中に誤りをのりこえて自己教育を可能ならしめる独自の教具による訓練、環境に敏感に反応する敏感期の発見とそれへの対応などにある。 彼女は、世界の各地で、モンテッソリ教員養成コースの開設やモンテッソリ協会の設立を指導するなど、モンテッソリ法を普及させることに力をつくした。そのため、現在では、モンテッソリ法による幼児教育施設が、幼稚園とはことなるものとして世界の各国に普及している。
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