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意識形態とか観念形態と訳されることもあるが、一般には、かならずしも定義がはっきりしないまま、イデオロギーという言葉で通用している。 代表的な辞書をみても、たとえばイギリスの「オックスフォード英語辞典」は、「観念の科学、観念の起源と構造をあつかう哲学または心理学の部門」と漠然と範囲をいうだけにとどめている。また日本の辞書類も、特定の立場での説明か、「人間の行動を左右し、決定する根本的なものの考え方」というような、きわめて漠然とした説明か、そのどれかで定義の代用をしている。 イデオロギーという用語は、このようにあいまいであり、つかう人によってことなる意味をおびるが、一般には、ある言説や思想を、その根底にある信仰や社会的、政治的、経済的立場と関連して解釈したときの意識の総体をいう。したがってイデオロギーは、歴史的条件や階級などに拘束されており、その意味での世界観や主義とほぼ同様につかわれることもある。
この言葉がつかわれだしたのはフランス革命のときである。1795年、国民学校が設立され、フランス唯物論の哲学者たちによる啓蒙(けいもう)主義の国民教育がはじまった。その主導者であったデステュット・ド・トラシーは「イデオロジー要論」(1801~03)をあらわし、イデオロジーという言葉を「観念の論理学」という意味でつかっている。 ナポレオン・ボナパルトは、はじめは彼らを賞賛していたが、執政につくと支配の道具として宗教を利用するようになり、啓蒙的哲学者たちをイデオローグとよんだ。この場合は現実から遊離した空論家という意味の蔑称(べっしょう)である。
マルクスとエンゲルスは、共著「ドイツ・イデオロギー」(1845~46)によってイデオロギーという言葉を、虚偽意識として社会科学に定着させた。イデオロギーに付着した侮蔑の意味合いは、マルクス主義の理論構築の方法の中へとりこまれることになった。簡略にいえば、人間の観念は自立性をもたず、つねに経済的な下部構造にしばられ、法・政治思想・宗教・芸術・道徳などをイデオロギー的な上部構造として批判する理論構造がつくられたのである。イデオロギーは、近代ブルジョワジーの特殊な階級利益をかくしもつ「虚偽の意識」とされた。
こうしたマルクスの発想の中からドイツの知識社会学が生まれる。中心人物のカール・マンハイムは、マルクスによって低下させられた「啓蒙の理念」を救出しようとした。マルクスは経済を特権化し、階級を特権化し、自ら(マルクス主義)を特権化しているのではないかと疑問を提出した。マルクスはイデオロギー的懐疑を自らにむけることはさけているのではないか。また、ある理念をブルジョワ・イデオロギーというなら、同じ理屈で、マルクス主義はプロレタリア・イデオロギーであり、虚偽意識ではないのか?
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