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じゅうぶんな観覧設備もない遠隔地でおこなわれるスキー競技も、テレビのおかげで、今日ではかなり多くの支持をえるようになった。1936年の冬季オリンピックにアルペン・スキーがくわえられるまでは、ノルディック・スキーが国際競技を支配していた。ワールドカップ大会(アルペン)がはじまったのは67年のことである。70~80年代にはクロスカントリー、ジャンプ、ノルディック複合、フリースタイル・スキーをふくむワールドカップが各地を転戦しておこなわれるようになった。オリンピック冬季大会のアルペン種目には、滑降、回転、大回転、スーパー大回転、回転と滑降をあわせた複合競技がある。フリースタイル種目にはエアリアル、モーグル競技、そしてノルディック種目としてはジャンプ(男子のみ)、ノルディック複合(男子のみ)、クロスカントリーがある。クロスカントリーには、男女とも個人種目とリレー種目がふくまれている。
日本へは1900年代の初期に札幌で学生向けに移入され、また新潟県高田(上越市)では、オーストリアの軍人、レルヒ少佐によって、軍隊教練としてもちこまれた。高田では、その後一般市民もまじって講習会が開かれ、スキーはレジャー、競技両面で急速に日本人に浸透していった。23年(大正12)には小樽で第1回全日本選手権が開かれ、28年(昭和3)には冬季オリンピックに初参加している。 日本選手で最初に活躍したのは1956年コルティナダンペッツォ・オリンピック回転2位の猪谷千春だが、日本は伝統的にアルペンよりジャンプのほうが得意。ジャンプは72年札幌オリンピック70m級で笠谷幸生が優勝、金銀銅を日本選手が独占するにおよんで日本の得意種目となった。80年の大会では八木弘和が銀、94年(平成6)の大会では団体で銀をとっている。最近では、このジャンプとクロスカントリーをくみあわせた複合競技に強さを発揮、荻原健司、河野孝典らの活躍で、92、94年のオリンピックで団体に2連勝した。98年の長野オリンピックでは、船木和喜がラージヒルで金メダルをとり、団体でも優勝するなどジャンプ陣が活躍。また、フリースタイルのモーグルでは里谷多英が98、2002年の2大会連続でメダルを獲得して、日本のスキー界に新風をふきこんだ。またレジャーとしてのスキーでは、ゲレンデ・スキーも依然として盛んだが、最近はクロスカントリー・スキーやスノーボードにも人気がある。
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