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中生代の地質年代でもっとも古い区分、約2億4500万年前から約2億500万年前までのおよそ4000万年の間をさす。三畳紀という名は、1834年にF.A.アルベルティが命名したもので、南ドイツではこの時代の地層が下から赤色砂岩相、海成殻石灰岩、陸成砂岩相の3つが堆積(たいせき)していることによる。
三畳紀の間に、超大陸パンゲアが分裂を開始し、地溝帯(リフト帯)が、北アメリカとゴンドワナ大陸の一部であるアフリカの間に発達した。地殻がひきのばされ、沈下して、赤い縞(しま)をもつ砂岩や泥岩、頁岩などが堆積する海盆が形成された(→ 海底地形)。これらの堆積岩から玄武岩の水平貫入岩がつくられた。 三畳紀の気候は、化石から温暖であったことがわかっている。末期になると、陸上や海洋で動植物の多くの種類が絶滅する。三畳紀の植生は常緑樹が大半で、ほとんどが針葉樹かイチョウ、ヤシであった。もっとも原始的な裸子植物である小型のトクサ類やシダ類も生きのこってはいたが、その仲間のほとんどは絶滅していた。その原因は、大規模な海退とつづいておきた海進(→ 海進と海退)によるという説のほか、地球に大きな天体が衝突したという説もある。
三畳紀の動物界においてもっとも重要な出来事は、恐竜の出現である。最初の恐竜の仲間は、中生代後期ほど大きくはなく、3~4.5mをこえることはなかった。そのほかの重要な爬虫(はちゅう)類には、魚竜と翼竜がある。また、原始的なワニ類も生息していた。 三畳紀は、最初の哺乳類が出現した紀であると考えられている。みつかった化石は少ないが小型で爬虫類に似ていた。無脊椎動物の中では幼生、蛹、成虫をへる完全変態をする昆虫類がはじめて出現した。三畳紀の海には古生代型にかわって中生代型のアンモナイトや二枚貝類、甲殻類が繁栄していた。だが、三畳紀の末に軟体動物を中心として、無脊椎動物が大量に絶滅した。→ 進化:古生物学
日本の三畳紀の地層は、九州や山口県などに内湾性、または汽水性(→ 汽水域)の厚い堆積物が分布し、岩手県などでは、比較的深い海の地層がみとめられる。そのほかの地層は広く点在し、石灰岩やチャートなどがふくまれている。
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