![]() |
Windows Live® の検索結果
Windows Live® の検索結果 項目構成
美観をととのえ、材料を保護する目的で表面にぬる液体で、空気にさらすとかたまる。塗料で材料の表面をおおうことを塗装という。ペンキやワニスなどの種類がある。ペンキは、着色顔料と、接合剤と、空気にさらすとかたまる亜麻仁油(あまにゆ)(→ アマ)のような液体の展色剤を混合してつくる。 展色剤とは、顔料の色がまんべんなくゆきわたるようのばす成分である。ワニスはニスともいい、かたまると透明な保護膜になる溶液である。不透明で色のついたワニスは、ラッカーとよばれる。
ペンキの最初の用途は、材料を着色し、うつくしく仕上げることだった。酸化鉄、酸化マンガン、白土などの顔料が、アルタミラやラスコーの洞窟絵画で前1万5000~前1万年ごろ使用されていた(→ 旧石器時代美術)。 アジアでは、鉱石からつくられたいくつかの顔料、調合された混合物および有機化合物が、前6000年ごろに知られていた。アイから抽出された染料である藍(あい)は、古代エジプト、ギリシャ、ローマ、インカの人々に知られていた。アラビアゴム、卵白、ゼラチンおよび蜜ろうは、それらの顔料に使用された最初の展色剤だった。 ラッカーは、中国で建物を塗装するのに前2世紀ごろに使用された。ヨーロッパでは、保護塗装は12世紀ごろにはじまる。亜麻仁油は、展色剤としてローマ人に知られていたが、15世紀には油絵に使用された。17世紀には、白鉛が白の顔料として広く使用されるようになる。やがて19世紀に顔料と展色剤を混合したペンキが商品として販売されるようになった。 日本では、縄文時代から漆(うるし)(→ ウルシ)をつかった塗料があり、その歴史は、5000年以上もさかのぼることができるといわれている。中国の三国時代には、密陀僧(みつだそう)漆という塗料があり、日本でも飛鳥時代にはつくられるようになっていた。これは、漆とはいっているが、実際は、密陀僧(酸化鉛)や酸化マンガンの粉とほかの顔料、樹脂を油で混合したもので、法隆寺の玉虫厨子などにつかわれている。日本で、西洋風の油性塗料がつかわれるようになったのは、ペリーが来日したときに交渉につかわれた部屋をぬったのが最初といわれている。
最近のペンキ成分は、いくつかことなる化合物からできている。展色剤は粘着性で薄膜状の塗膜を形成し、顔料は展色剤の中に分散され仕上げ薄膜に色をつけ被覆する。溶剤または希釈液は、塗膜がぬられた直後から蒸発し、最後に完全になくなる。展色剤には、乾性油がつかわれることが多い。
展色剤が合成樹脂(→ 樹脂)の場合は、溶剤の中に分散していて、溶剤が蒸発するにつれて、高分子が相互に接触し、網状の分子構造になる。固化は、ドライヤーとよばれる触媒が、溶媒中に存在することにより重合が促進される。もっとも広くペンキの展色剤につかわれるポリマーの形は、アルキド樹脂である。それはグリセロールのような多価アルコールとフタル酸のような多塩基性酸(→ 塩基性)のポリエステルである。そのほか、セルロースの重合が分解され、硝化された小さい分子が再重合されたニトロセルロース、フェノール樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、ポリビニルアセテート樹脂、ポリウレタンなどがある。→ レーヨン
|
© 2008 Microsoft
![]() ![]() |