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項目構成
元素中から同位体を分離するための物理的分離法は、同位体の質量の違いによる物理的性質のきわめてわずかな差を利用する。一方、化学的分離法は、質量の関数である化学結合(→ 化学反応)のエネルギーにもとづく化学的電気分解速度や化学平衡に達する速度の違いを利用している。しかしながら、同位体どうしを分離するのはむずかしく、とくに、同じ元素の同位体は、化学的性質がきわめてよく似ているので、化学的に1段階だけで分離することは不可能といえる。 1932年、アメリカの化学者ユーリーによって水素の安定同位体である重水素(²H)が重水(酸化ジュウテリウムD2O)から分離、発見された。これが多量の同位体が分離されたはじめての例である。 1940年以前は、おもに研究目的で、少量の同位体を分離するため、いろいろな方法がためされた。そのうちうまくいった化学的分離方法は、分別蒸留法、化学交換法、電解分解法で、物理的分離方法としては気体拡散法、質量分析器による電磁的分離法などである。これらの方法はどれも同位体の質量の違いを利用して分離するため、質量が水素(1H)の2倍の重水素(²H)を分離する場合にもっとも効率がよい。それにくらべ、12Cと13Cや、20Neと²²Neの場合は質量の違いは約10%であり、235U(ウラン235)と238Uの場合にはたった1%ほどの違いしかない。この違いが少なくなるにしたがい、分離はむずかしくなる。 第2次世界大戦中のアメリカでは原子爆弾の開発とともに、大量の放射性同位体をえる必要から、急速に同位体を分離する技術がすすんだ。1940年には、中性子を235Uに照射すると核分裂反応をおこすが238Uにはこのような性質がないことがしめされ、235Uと238Uの分離という難題が生じた。ウラン鉱石のウラン含有率は低く、しかも235Uは238Uの0.7%程度しかふくまれていない。そのため最初はひじょうに多量の鉱石をとりあつかわねばならなかった。そして、マンハッタン計画の援助のもとに、いろいろな同位体分離法が考案されたが、原子爆弾製造に必要な235Uを1日に約1kg大量分離して生産するために、気体拡散法と電磁分離法がつかわれた。→核兵器の「核開発の歴史」
気体拡散法は、分子量のことなる気体は拡散速度がちがうという性質を利用したものである(→ 拡散)。気体の拡散速度は質量の平方根に反比例する。そのため、軽い分子は多数の細孔をもつ隔膜を重い分子よりはやく通過する。ウラン同位体の分離には、常温で気体である唯一のウラン化合物、六フッ化ウラン(UF6)がつかわれた。多孔質の隔膜を通過させるためにUF6を連続的にポンプでおくりこむ。235Uと238U自体の質量の差は1%強あるが、UF6になるとその差は1%弱となる。理論的な分離係数は、ある瞬間については0.43%、連続した一過程では0.30%となるが、一段階の実際の分離係数は0.14%である。天然のウランから99%の235Uをうるには、この段階を4000回おこなうが、そのためには膨大な長さのパイプと膨大な数のポンプとモーター、そしてそれらを制御する複雑なメカニズムが必要となる。
気体拡散法によって大量の235Uをうることができるようになったが、多量の235Uの生産にはじめて成功したのはテネシー州オークリッジでおこなわれた電磁分離法によってである。イオン化されたウラン化合物のイオンビームが電磁場を通過するときに、イオンの重さによってまがる程度がちがうことを利用する方法で、イオンビームが電磁場を通過できるよう工夫された分離器が多数建設され、かなりの量の235Uが分離された。しかし、1回の操作であつかえる量が少なく、生産量に限界があることから、第2次世界大戦後は大量の同位体分離法としては気体拡散法がもちいられている。
1960年にレーザーが発明され、その後すぐにレーザー光を利用した同位体の分離・濃縮法の原理がしめされた。それから6年後、赤外線から紫外線の間のきわめて狭い波長領域の光を選択的に放射することができる、波長可変色素レーザーの登場によって、この方法が実現可能となった。つまり、同位体核種の吸収準位にレーザー光を正確に同調し、必要な原子だけをレーザー光で選択的に励起し、次にその原子をイオン化し、分離する。必要な同位体をふくむ分子に対しても、この方法は応用できる。 1972年以来、この方法は原子力発電と核兵器への利用をめざして、おもにウランとプルトニウムの濃縮法として開発されてきた。
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