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古代メソポタミアにさかえたアッシリア帝国の発祥地であり、アッシリアの最初の首都となった。前14世紀後半から前9世紀初めにかけて首都としてさかえたが、前883年、アッシリア王アッシュールナシルパル2世が首都をカルフ(現ニムルド)にうつしてからは、宗教的な中心地となった。遺跡は現在のイラク北部モスルの南方110kmのティグリス川西岸にある。現在名はカルア・シルカ。
アッシュールの発掘は19世紀前半からおこなわれていたが、1903~13年のドイツ調査団による本格的な発掘で、前3000年ごろから3世紀ごろまでのこの都市の歴史がしだいに明らかになった。 都市としての起源は、シュメールの初期王朝時代までさかのぼり、シュメールの植民都市として成立したものとみられている。碑文の中にアッシュールが都市名として最初にあらわれるのは、アッカド王国時代の前2300年ごろからである。アッカド王国のサルゴン王時代には、アッカド王国の属領となり、シュメールのウル第3王朝時代(前2100~前2000頃)にはその支配下にあった。 前19世紀末に、アッシリアの王シャムシアダド1世(在位、前1813~前1781)がメソポタミアを統一し、一時的にアッシリア人の大帝国を出現させたが、すぐに滅亡した。その後、バビロニアやミタンニ王国などの支配をうけたあと、前14世紀に、アッシュールウバリト1世がミタンニの支配を排除、アッシリア帝国が発展する基礎をきずいた。
アッシュールの発掘では、シャムシアダド1世が建設した主神アッシュールの神殿が発見されているほか、多くの神殿やジッグラト、宮殿、城壁などがみつかっている。市街は城壁でかこまれ、拡大にともなって、新旧2市にわかれている。しかし、これまでに発掘されたのは、一部をのぞき前1千年紀の新アッシリア時代の遺構が中心で、それ以前の多くの神殿や住居跡などは、まだ発掘されずにのこされている。
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