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項目構成
プロローグ; 測量と測地; 測量にもちいる器具; 電子技術の応用; 平面測量; 三辺測量; 測地測量; 土地測量; 地形測量; 土木建築測量; 地図作成測量と地図作成; 海洋測量; 鉱山測量; 日本の測量史; 測量技術の革命
鉱山測量は、地下に埋蔵されている鉱物資源の地上での位置を特定し、所有権の所在を明確にする。地下資源の採掘やトンネル工事では、この測量技術を応用して、地下の構造物の位置を特定し、坑道の配置をきめ、トンネルの掘削方向をみちびく。一種の3次元的トラバース測量であり、地上におけるものと本質的な差はない。
土地の区画や道路建設には測量がかかせない。日本でもすでに国家としての体裁がととのいはじめた時代には、中国から測量技術が導入されたものと考えられている。
大化の改新以降、課税するときの土地台帳の整備、都の都市計画、道路の整備などの必要から、測量技術がつかわれるようになった。奈良時代以降は、全国を行脚する行基のような僧が、歩測と地形の描写で絵地図をつくるようになる。こうした地図は、行基図とよばれ、江戸時代にヨーロッパから近代測量技術が導入されるまで、基本は同じ作図方法がつづいていた。
近代的な測量技術は、18世紀末の洋学から出発した。高橋至時、間重富やその師である麻田剛立は、西洋と中国の精密な天文観測と測量技術を研究し、観測器具を開発していったが、その成果として、地上の地点間の相対的な位置関係だけでなく、1地点の地球上での絶対的な座標を測定できるようになった。南北に緯度1度に相当する距離を正確に計測できれば、地球の大きさを計算できると考えたのは至時だが、それを実測によってデータを収集しようとして、全国の測量をはじめたのは伊能忠敬であった。19世紀以降、日本の測量は高精度になっていったが、その背景には、至時、重富、忠敬らが、当時の時計職人などを指導して精密な測定器具を製作させたことも大きい。
江戸期に発達した測量と地図作成の技術は、1888年(明治21)に陸軍参謀部の改組によって設置された陸地測量部、第2次世界大戦後は、地理調査所をへて国土地理院へとひきつがれていった。
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