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項目構成
重油の原料は常圧蒸留で底部にのこった残油で、これに軽質留分(灯油や重質軽油)を配合して重油を生産する。日本ではこの混合の配合によってA重油、B重油、C重油と分類するが、この順に軽質留分の配合量が少なくなり、しだいに粘度が高く硫化物も多くなる。A重油はおもに小型ディーゼルエンジンや小型バーナー用燃料として、B重油は一般ディーゼルエンジンやボイラー用燃料として、C重油は大型ボイラーや大型低速ディーゼルエンジン用燃料としてつかわれる。 重油の脱硫は、配合用の軽質留分の脱硫処理がおこなわれるほか、原料の常圧残油も配合前に水素化脱硫がほどこされる。この常圧残油の脱硫には、直接水素を作用させて硫黄分を除去する直接脱硫法と、常圧残油をさらに減圧蒸留装置にかけて減圧軽油と減圧残油(アスファルト分)にわけ、減圧軽油だけを水素で脱硫し、これを減圧残油と混合する間接脱硫法の2つの方法がある。→ ボイラー
石油や天然ガスを出発原料として、燃料油以外の化学製品を合成するための化学技術の体系を石油化学という。石油化学工業の最終製品は、プラスチックや合成繊維、合成ゴムなどの高分子化学製品(→ ポリマー)、界面活性剤、有機溶剤、染料、医薬、農薬など、多岐にわたる。現代の日本やヨーロッパ各国では原油の常圧蒸留で精製するナフサを主原料としている。これに対しアメリカでは、ガソリン需要量がきわめて多く、ナフサの大部分はガソリン原料となるため、重質油の接触分解や水素化分解によるガソリン製造から副次的に生産される分解ガス、あるいは油田から大量に産出する湿性天然ガスを主原料としている。 軽質ナフサを主原料として熱分解、接触改質などによってつくられる石油化学の主要な基礎原料は、エチレン、プロピレン、ブタジエン、ブチレンなどの低級オレフィン類である。また重質ナフサを主原料として接触改質によってつくられるものは、BTX(ベンゼン、トルエン、キシレン)などの芳香族炭化水素である。
石油の歴史はきわめて古く、メソポタミアやペルシャなどでは前3200年ごろの遺跡にアスファルトを利用した痕跡(こんせき)がのこっている。
古い記録では、古代エジプト文明のミイラなどにも、アスファルトが防腐用や防水用に使用されたとされている。また古代ペルシャや古代中国では、礼拝用や製塩、灯火、炊事用に天然ガスがつかわれたという記録がある。 13世紀ごろのミャンマーやカスピ海沿岸では手掘りによる原油採掘がおこなわれ、16~17世紀ごろには簡単な精油もおこなわれ、照明や暖房に石油を利用していたという。またアメリカ先住民は丸木舟や屋根の防水、薬用、祭祀用(さいしよう)に古くから石油をつかっていた。このように、石油は、太古から世界各地で人類に知られ、土木、美術、宗教、医療、灯火、兵器などに利用されてきた。
1847年、イギリスの化学者ジェームズ・ヤングは、炭坑(→ 石炭)の中でしみだしている石油を原料にして、蒸留装置で加熱して灯油、潤滑油、パラフィンなどの製法を発明した。翌年には、特許を取得して製油所を建設した。この技術はアメリカにつたわり、石炭油とよばれ、それまでの鯨油(→ 捕鯨)やろうそくなどの灯火用燃料にかわって、精製灯火用燃料の製造が広まった。→ランプの「ランプの発展」 19世紀半ばのアメリカでは石油から良質のランプ用の油が製造されるようになり、石油の需要が急速にのびた。そこで1854年にはニューヨークの弁護士ビッセルが世界で最初の石油会社、ペンシルベニア・ロックオイル社を設立し、拡大傾向にある石油需要に対応していった。石油が産業史上で重要な地位を占めるようになったきっかけは、ロックオイル社の事業をうけついだセネカ石油会社がペンシルベニア州で油井の機械掘りをこころみたことだった。 1859年、セネカ石油会社に技師としてむかえられたエドウィン・ドレークは、それまでは塩水井を掘削する方法だった麻縄ケーブル式機械掘りの技術を応用し、原油生産を目的とした世界最初の油井の掘削に成功した。
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