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フランス東部、アルザス地方の都市で、バ・ラン県の県都。ドイツ語ではシュトラスブルクとよぶ。ライン川の支流イル川沿いに位置し、ドイツとの国境に近い。ライン川・ローヌ川・マルヌ川をむすぶ運河の合流点で、大きな河港がある。同国東部の商業・工業・交通・文化および行政の中心地。精油・機械・金属・印刷・電気・電子などの工業が盛んで、観光都市としても名高い。特産品にフォアグラのパテがある。人口は27万2700人(2005年推計)。
古い建物がのこる旧市街には「小さなフランス」とよばれるうつくしい一角がある。有名なストラスブール大聖堂は1015年ごろから建築がはじまったが、この時期のものは一部だけがのこっている。11~12世紀ごろのロマネスク様式の聖歌隊席、1275年再建のゴシック様式の本堂、1270~1439年建築の尖塔があり、ステンド・グラスと多くの彫刻が大聖堂の特色になっている。 ほかに、13~14世紀のゴシック様式のサントマ教会、現在は市の美術館となっているローアン宮殿、すぐれたルネサンス建築の商工会議所が知られる。高等教育機関にストラスブール大学(1538年創立)があり、EU(欧州連合)の1機関であるヨーロッパ議会(1950年設立)がおかれている。国際見本市や音楽祭ももよおされる。
ローマ人が都市をきずき、当時は「アルゲントラトゥム」とよばれた。4世紀以来、司教座がおかれている。455年にフン族に破壊されたが、フランク族によって再建され、のちに神聖ローマ帝国に属した。支配者、大司教との長い闘争をへて、1262年に自由都市となった。 16世紀の宗教改革のときには、はやくも1523年にプロテスタントをうけいれた。1681年にルイ14世によってフランスに併合され、97年、リスビックの和平によりフランスの領有がみとめられる。プロイセン・フランス戦争後の1871年にドイツ領となったが、第1次世界大戦後の1919年にフランスに返還された。第2次世界大戦中はドイツ軍に占領され、多大な被害をうけた。
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