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アメリカ合衆国ニューヨーク州南東端にある合衆国最大の人口をかかえた港湾都市。世界の商業・金融・文化の中心地のひとつ。2001年9月11日朝におきたアメリカ同時多発テロでは、この都市を象徴する建物のひとつである世界貿易センターのツインタワーが倒壊し、世界じゅうに大きな衝撃をあたえた。死者・行方不明者は当初5000人をこえるとされていたが、02年5月30日に捜索活動が終了、行方不明届の重複などをのぞき、犠牲者は2823人と発表された。 クイーンズ、ブルックリン、スターテン島、ブロンクス、マンハッタンの5自治区からなる。ブロンクス区の大部分は本土にあるが、ほかの4区は島上にある。ブルックリン区とクイーンズ区はロングアイランドの西端部に、スターテン島区はスターテン島にある。マンハッタン区は大部分がマンハッタン島で占められ、ごく一部が本土にまたがっている。また、50あまりの小さな島があり、ルーズベルト島とシティアイランドには多くの人がすんでいる。
ニューヨーク市の人口は821万4426人(2006年)である。住民は人種的にも民族的にもきわめて多様で、1990年のセンサスによると構成は白人52.3%、黒人28.7%、アジア系7%、アメリカ先住民0.4%で、人種・民族を問わず、スペイン語を話すヒスパニックは24.4%となっている。
ニューヨークは金融・商業・工業・観光の中心地で、合衆国内の道路・鉄道・航路・航空路があつまり、多数の一流企業が本社をおいている。ウォール街の周辺に集中しているロワー・マンハッタンの金融街には、ニューヨーク証券取引所(1817年設立)や連邦準備銀行のほか、大きな銀行や金融機関がある。 クイーンズ区にあるラ・ガーディアとジョン・F, ケネディの2つの国際空港には、大量の航空貨物が集中する。しかし現在は、これまでニューヨークの空港や港湾を経由していた貨物のかなりの部分が、隣接するニュージャージー州のニューアーク国際空港や港湾であつかわれるようになっている。ニューヨークの経済で、卸売業と小売業の占める地位は高く、大規模な百貨店や専門店をふくむ小売店が多い。とくにマンハッタンの五番街とマディソン街は、洗練されたブティックで知られている。 製造業では、印刷材料・加工食品・衣料品(とくにマンハッタンのミッドタウン・ウェストサイドのガーメント地区)などの分野で、国内の主導的地位にある。そのほかのおもな製品には、木材・紙・金属製品・機械・化学製品・繊維製品などがある。市内では経費がかかりすぎるということで、1960年代以後は多くの製造会社がニューヨークをはなれた。しかし専門的なサービス関連事業は、いまなおゆるぎない。ニューヨークは世界の金融業の中心地で、広告宣伝業と情報産業がこの市に集中している。有力な全国テレビやラジオ放送網、大手の出版社もここに本社をおいている。ニューヨーク・タイムズは世界でもっともすぐれた日刊紙のひとつである。観光事業と会議も市の経済に重要な役割をはたしており、マンハッタンには多数のホテルや会議用施設がある。
ニューヨーク市の面積は1211.86km²である。14丁目以南のマンハッタンは、1600年代初期にこの街の基礎がきずかれてから19世紀初頭にいたるまでの時期に、独立した小さな集落を合併することで成長してきた。そのため、この地域はグリニッチビレッジのような不規則な地取りが特徴になっている。14丁目以北では、ほぼ南北にはしるアベニューと、東西にはしるストリートをくみあわせた、碁盤の目状の計画的な区割りがされている。アベニューにはそれぞれ名前や番号が、ストリートの大部分には番号がつけられている。碁盤の目上をななめに横切るブロードウェーのような変則的な道路もあるが、これは1811年に道路計画が実施される以前からこの道路が存在していたためである。セントラル・パークは、マンハッタンの59丁目から110丁目の間の大部分を占めている。 マンハッタンには、住民の民族構成がはっきりした地域があり、チャイナタウンは1850年代に中国人移民がすみつきはじめ、リトル・イタリーは多数のイタリア人とイタリア系アメリカ人の本拠地になっている。ハーレムは、1920年代にアフリカ系アメリカ人が文学および芸術運動をおこし、ハーレム・ルネサンスの中心地となったが、いまは黒人とヒスパニックの住民が圧倒的に多い。かつては倉庫と工場のならんでいたソーホー周辺の地域は、芸術活動とたくさんの画廊のある地区として知られている。アッパー・ウェストサイドとアッパー・イーストサイドは、高級住宅地である。ニューヨークの区はジョージ・ワシントン橋などの多くの橋や、ホランド・トンネルやリンカン・トンネル、フェリーなどで、ニュージャージー州やほかの区とむすばれている。 マンハッタン以外の区は、歴史的にことなる多数の町や村を統合して形成されたので、区割りはマンハッタンよりはるかに不規則である。スターテン島区は5区の中でもっとも都市化されておらず、ひとつの都市区域というより、いくつかの町の集合体である。しかし1964年に、世界最長の吊り橋(つりばし)のひとつであるベラザノナローズ橋によってブルックリンとむすばれてからは、いちじるしい発展をみせるようになった。ブルックリン区は5区の中で人口がもっとも多く、中産階級がかたまってすむ地区から、貧困化したブラウンズビル地区まで多様性にとみ、区の中心にはプロスペクト公園がある。クイーンズ区は面積がもっとも広い区である。地元意識がとくに強く、民族構成のはっきりした地区をたくさんかかえている。39年と64年のニューヨーク万国博覧会の跡地は、フラッシング・メドウズ・コロナ公園になっている。ブロンクス区はほかの区と同様に、南部の荒廃した建物の多い地区から、西部のリバーデイルのように大きな住宅や豪華なアパート群からなる地域まで、さまざまな地区がある。区の中心部にあるブロンクス公園内には、国際野生生物保護公園(ブロンクス動物園)とニューヨーク植物園がある。
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