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  • 資本主義 - Wikipedia

    資本主義 (しほんしゅぎ、 capitalism )とは、 経済 の仕組みの一種で、 資本 の運動が基本原理となる体制のことである。 資本制 とも言う。

  • グローバル資本主義 - Wikipedia

    グローバル資本主義 (グローバルしほんしゅぎ)は、国家間の障壁を取り除き、自由化を推し進めた 資本主義 の グローバル化 のこと。 新自由主義 を世界規模へ適用したとも言われる。

  • 資本主義とは

    「資本主義とは何?」 この質問に,簡潔に答えてくれる人はかなり少ないのかも知れません.「マルクス主義的な理解に基づくと・・・」な~んてのはご免ですし・・・取敢えず,広辞苑(第 4 版,岩波書店)で引いてみました.

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資本主義

資本主義 しほんしゅぎ Capitalism
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

私的な個人と営利企業が、価格と市場の複雑なネットワークを通じて、財とサービスの生産と交換をいとなむ経済システム。古代にもその痕跡はみられるが、真の意味での資本主義は主としてヨーロッパ文化にその起源をもつものであり、数多くの段階をへて発展し、19世紀に発展の頂点に達した。この資本主義は、ヨーロッパ、とくにイギリスから世界じゅうに広まっていった。そして、力強くかつ敵対的、競合的な経済システムである近代共産主義(マルクス主義)が現実のものとなった第1次世界大戦まで、資本主義は支配的な経済および社会システムとして、まったく脅威にさらされることがなかった。

「資本主義」という用語は、19世紀の半ば、共産主義の創始者であるカール・マルクスによってはじめて紹介された。「自由企業体制」と「市場経済」という用語も、近代の非共産主義的経済についてのべる際にしばしばもちいられる。ときおり、混合経済という用語も先進諸国の経済システムをあらわすためにもちいられる。

現代の資本主義の祖とよばれるのにもっともふさわしい人物は、スコットランドの経済学者アダム・スミスである。彼は、歴史上はじめて、資本主義システムの基礎をなす本質的な経済原理についてのべた。その古典的著作である「国富論」(1776)の中で、スミスは、個人の利益だけでなく全体としての社会の利益をも増進するような仕方で私的な利得を追求することはいかにして可能かを明らかにしようとつとめた。

彼によれば、社会の利益は、人々の欲求をすべてかなえる物財を生産することでみたされる。今日、名言となった言葉をつかって次のようにスミスはのべている。私利、私有財産、および市場における売り手間の競争がくみあわされることによって、生産者たちは「あたかも見えざる手によるかの如く」、彼らが意図していない目的、すなわち社会の福祉を実現するようにみちびかれるのである。

II

資本主義の特質

資本主義はとくに隆盛をきわめた19世紀に、その核となる特質をおびるにいたった。

第1に、基礎的な生産手段である土地と資本は私的に所有される。ここでの資本とは建物、機械、そのほか最終的に消費される財やサービスを生産するために使用される設備を意味する。

第2に、経済活動は、市場における買い手と売り手(あるいは生産者)との相互作用を通じて組織され、調整される。

第3に、土地や資本の所有者も、彼らが雇用する労働者と同じく、生産における自らの資財や労働力の使用から最大の利益をえるために、彼ら自身の私的な利益を追求する自由がある。消費者には、もっとも満足がえられると考える方法でその所得を消費する自由がある。この消費者主権とよばれる原理は、次のような考え方を反映している。資本主義のもとでは、競争によって生産者は、消費者の欲求を最大限にみたすように資本を使用することを余儀なくされる。私利と利得追求が、彼らをこうした行動にみちびくのである。

第4に、このシステムのもとでは、政府による管理は最小限であることが要求される。つまり、競争が存在すれば、経済活動はおのずから自己規制されるのである。政府に必要とされるのは、社会を他国の攻撃からまもり、私有財産権を保護し、契約の履行を保証することであると考えられる。資本主義的システムにおける政府の役割に関するこうした19世紀的な見解は、20世紀に出現したさまざまな思想や出来事によって修正をくわえられてきた。

III

起源

商人および商取引は、文明のある所ならどこにでも存在した。しかし、首尾一貫した経済システムとしての資本主義は、13世紀、封建制の終わりごろのヨーロッパにその端を発している。スミスによれば、人間はつねに、「あるものを他のものと取引し、交易し、交換する」性向をもっている。この取引と交換の性向は、11~13世紀にヨーロッパのエネルギーの大部分がそそぎこまれた十字軍遠征によって刺激され、活気づけられた。15~16世紀の「大航海時代」、および新世界の発見と征服の時代のあとにもたらされたヨーロッパへの貴金属の莫大な流入は、事業と貿易をますます膨張させた。

こうした一連の出来事の中から生まれた経済秩序は、本質的に重商主義的であった。すなわち、その中心は財の生産よりもむしろその取引にあり、製造業は19世紀における産業主義の登場まで重視されることはなかった。

しかし、それ以前から資本主義的システムにおいて重要な役割をになう人々が出現しはじめていた。すなわち企業家、つまりリスクの負担者である。資本主義をなりたたせる核心的要素は、将来において利得をもたらすであろうという期待のもとに事業をくわだてる点にある。将来について知ることはできないから、そこには損失のリスクと利得の可能性の両者がつねに存在する。リスクの負担は企業家の専門的役割のひとつである。

13世紀以後、資本主義への推進力はルネサンス宗教改革のエネルギーによって大いに増大した。こうしたきわめて重大な出来事の結果、社会はいちじるしく変革され、近代の国民国家出現への道が開かれた。近代の国民国家は、資本主義の成長にとって決定的に重要な平和、法、および秩序をもたらした。そのおかげで、この時代に企業家による経済的剰余の蓄積がすすみ、その剰余をさらなる富の拡大のために再投資することを通じて、資本主義の成長がなしとげられた。

IV

重商主義

15~18世紀に近代の国民国家が生まれつつあったころ、資本主義は商業的な色彩をおびていただけでなく、重商主義として知られるもうひとつの特殊な方向へと発展した。この資本主義の特殊形態は、イギリスで最高水準に達した。

重商主義は、私有財産と、経済活動の基本的な場となる市場の使用とにその基礎をおいていた。ただ、アダム・スミスにおける資本主義とはことなり、重商主義は経済的資源の個人所有者の利益ではなく、君主(すなわち国家)の利益を重視した。重商主義の時代には、経済政策の基本的目的は国民国家を強くすることであり、国家的な目標を達成することであった。この目的のために、政府は生産、取引、消費に対して決定的な支配力を行使した。

重商主義のもっとも特徴的な点は、金銀の形態をとった国富の蓄積を国家の第1目的としてかかげたところにある。ほとんどの国が金銀を天然資源としてもたないため、それらをえるもっともよい方法は貿易である。そのためには、のぞましい貿易収支(すなわち輸入よりも輸出がうわまわること)のために努力する必要がある。貿易差額をプラスにすれば外国はその差額を金か銀でしはらわねばならない。重商主義的国家はまた、低賃金を維持することをのぞんだ。これが輸入を低減させ、輸出の超過に寄与し、したがって金の流入を増加させると考えたのである。

重商主義原則の支持者の中には、もう少し考えを洗練させて、国家の真のは貴金属の蓄蔵ではなく、国家の生産能力であると理解している者もいた。彼らは、有利な貿易収支からもたらされる金と銀の流入が概して経済活動を刺激することに役だち、したがって国家がより多くの税を課し、より多くの歳入をえることを可能にするであろうとただしく認識していた。しかし、重商主義国家のほとんどは、この原則を理解していなかった。

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