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メキシコ政府の支配下にあった北部のテキサスでは、政府の奴隷制廃止宣言(1829)とサンタ・アナの中央集権政策に対する不満が高まっていたが、1835年に反乱がおこり、36年4月メキシコ軍が敗北してテキサスは分離独立した。46年、テキサスを併合したアメリカが宣戦を布告(→ アメリカ・メキシコ戦争)、翌年にはアメリカ軍がメキシコシティを占領する。48年2月、両国はグアダルーペ・イダルゴ条約をむすび、リオグランデ川をテキサスとの国境として画定、また現在のカリフォルニア州とニューメキシコ州にあたるメキシコの領土がアメリカに割譲された。 1853年のガズデン購入ではニューメキシコとの国境が画定され、現在のアリゾナ南部とニューメキシコ南西部の一部が新たにアメリカの領土となる。領土の半分以上をうしなったメキシコ国内では、保守勢力に対抗した自由主義派が台頭し、権力をにぎった。
自由主義派の改革指導者として登場したフアレスは、1857年、連邦制や男子普通選挙、言論の自由などをもりこんだ自由主義憲法を制定。58年、財産の国有化に反発した教会を中心とする保守勢力と自由主義派との間に内戦がおこり、フアレス政府がアメリカの支持をえて、60年に勝利した。 その後、フアレスは外国債務の利子支払い停止を宣言、これを不満としたフランス、イギリス、スペイン3国の武力干渉をまねき、1861年にベラクルスが占領される。63年にはフランス軍がメキシコシティを占領、フアレスは亡命した。保守勢力の臨時政府がメキシコ帝国樹立を宣言し、ナポレオン3世の干渉により、オーストリア大公マクシミリアンがメキシコを支配することとなった。 マクシミリアンの第2帝政時代は1864年からはじまったが、67年フアレスを支持するアメリカ政府の圧力でフランス軍は撤退、ディアス将軍指揮のフアレス軍がメキシコシティを奪回した。ケレタロでマクシミリアンは降伏し、軍法会議ののち処刑された。フアレスが大統領に就任する。 1871年にフアレスは再任されたが、72年に急死する。76年、レルド・デ・テハダが大統領の座についたが、ディアスがクーデタを成功させ、77年に大統領となった。
ディアスは、1877~1911年の34年間にわたり独裁をつづけた。この間にメキシコは近代的発展をとげたが、ディアスの実施した鉄道拡張、公共事業、港湾整備などの多くは外国資本によるものだった。また、ディアスは富裕な大土地所有者や教会勢力を厚遇したため、農民、労働者、民族資本家の不満と反乱の気運がメキシコ全土で高まった。 不満を察知したディアスは1908年、民主主義尊重をかかげて、10年の大統領選挙への対立候補の参加をよびかけた。自由主義派候補のマデロとディアスが対立する中でメキシコ革命がおこり、マデロの指導による民衆蜂起により、11年にディアスは大統領を辞任し、国外に亡命する。
1911年、マデロが大統領に就任した。しかし、サパタやビリャなどほかの革命指導者らが反発、将軍ウエルタがマデロを殺害し権力をにぎったが、サパタ、ビリャ、カランサらが武装蜂起し、14年にカランサが権力を掌握した。15年、ラテンアメリカ8カ国とアメリカはカランサ政権を正式に承認し、ビリャをのぞく革命指導者たちもこれにしたがった。ビリャはアメリカへの反発から16年にニューメキシコに侵攻、20年まで国境地帯で戦いをつづけた。
1917年にカランサが大統領に就任し、革命の理念をもりこんだ憲法が制定された。新憲法には労働法の制定、大統領の継続就任の禁止、教会勢力の権限の抑制、先住民の共有地の回復などの条項が明記され、とくに外国による鉱物資源や土地の保有権を制限する条項は画期的なものだった。 カランサ政権は外国資本による石油資源の支配を不満とし、関税などの制限措置を実施する。しかし1920年にカランサは殺害され、かわってオブレゴンが大統領となり、アメリカの石油会社の要求に妥協した政策をすすめた。24年にはカジェスが大統領に就任し、憲法上の諸改革を推進したが、教会勢力の反発をまねいた。 1928年にオブレゴンが大統領に復帰したが、数カ月後、カトリックの狂信者に殺害される。以後、ポルテス・ヒルとロドリゲスが暫定大統領に就任。32年、与党のPNR(国民革命党)は「社会主義にむけた協同経済システム」のための改革的な6カ年計画を提示した。 1934年にカルデナスが大統領に就任し、PNRの計画実施に着手、農地改革や社会福祉、公教育に力をそそいだ。36年に土地改革のための収用法が議会を通過し、37年に鉄道の国有化、38年には石油産業の国有化が推進され、メキシコ石油公社ペメックスが設立される。しかし、一連の国有化政策に反発するアメリカ、オランダ、イギリスへの石油販売が困難となり、かわってイタリア、ドイツ、日本との貿易が拡大した。39年に第2次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)し、41年のアメリカの参戦をきっかけに、メキシコとアメリカ両国の関係は緊密となった。
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