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ナントの王令

ナントの王令 ナントのおうれい Edit de Nantes
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アンリ4世アンリ4世

1598年4月13日、フランス西部のナントでアンリ4世が署名して公布された、プロテスタントの信徒に信仰の権利をみとめた法令。ユグノー(カルバン派プロテスタント)だったアンリが、カトリックに改宗してフランス王となったのち、寛容にもとづく和平をはかって公布したもので、一般的な内容をもつ本文93条と、53条の秘密条項からなっている。

本文では、プロテスタントの諸権利、すなわち、信仰の権利、王国内で宗教儀礼を執行する権利、学校への入学や病院への入院などの市民としての権利、官職・公職につく権利などがさだめられた。また、モントーバン、モンペリエ、スダン、ソーミュールの大学がプロテスタントに開放され、宗教にかかわる係争については「合同法廷」がもうけられることになった。しかし、司教領・大司教領と王領、宮廷、パリとその周辺などでは儀礼執行が禁止され、カトリックの祭典の尊重、カトリック教会への十分の一税の支払いなどが義務づけられた。また、秘密条項の中では、南西フランスのプロテスタントの拠点で武装する権利などがみとめられた。

ユグノー戦争中、すでに数次にわたって寛容を要請する王令がだされていたが、ナントの王令はこれらを集大成したものであり、また、フランス革命後に一般的に承認されるようになる個人の信教の自由の骨格を提示するものであった。しかし、この王令に記載されたすべてが実現されたわけではなかった。そして、政治的・軍事的内容をもつ条項は、ルイ13世の時代にリシュリューによって廃棄され、さらに、絶対王権の強化をはかるルイ14世は「一人の王、一つの法、一つの宗教」を実現する政策をとり、1685年のフォンテンブローの王令によって、ナントの王令を廃止した。

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