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陳総統が台湾独立への志向を強めることに危機感をいだいた中国は、2005年3月の全人代で「反国家分裂法」(「国家分裂防止法」)を制定した。同法は、台湾は中国の一部であり一つの中国の原則を堅持すること、平和統一後の台湾には大陸とはことなる制度と高度な自治があたえられるなどの従来からの主張を確認するとともに、台湾を中国から分裂させる事実や重大な事変が発生したり、平和統一の可能性が完全にうしなわれた場合には、非平和的方法や必要な措置をとることを宣言したものであった。 民主進歩党(民進党)と台湾団結連盟(台連)が主催した、同法の制定に抗議する大規模デモが台北市と高雄市でくりひろげられたが、陳総統は参加をひかえ、緊張が高まることをさける配慮をみせた。陳総統はその前の2005年2月、第2野党で対中国協調派の親民党主席宋楚瑜と会談し、独立宣言はしない、国号を変更しないなどで合意、対中融和策に転換する姿勢をしめしていた。与党連合を形成する急進独立派の台連は、この合意を公約違反だとして批判、与党連合内での足並みの乱れがみられた。
2005年4月、最大野党、国民党の連戦主席が中国大陸を訪問し、北京で中国共産党の胡錦濤総書記(国家主席)と会談した。両党のトップ会談は、第2次世界大戦後に勃発(ぼっぱつ)した国共内戦直前の1945年に毛沢東と蒋介石がおこなった重慶会談以来60年ぶりのことだった。陳水扁政権の自立化路線に変化がみえはじめた機会をとらえ、野党党首としての存在感をしめそうとする連戦と、台湾の自立をおさえ統一への気運をもりあげたい胡錦濤の思惑が一致したことで実現した。 発表された両党の共同声明には、「92年合意」(台湾が国民党政権であった1992年に中国と確認した、中台双方が「一つの中国」原則を各自で解釈するとしたもの)の堅持と、台湾独立に反対し台湾海峡の平和と安定を追及することが明記された。対話の早期再開、中台直行便や経済の全面的な交流などももりこまれた。 2005年5月には、第2野党親民党の宋楚瑜主席も訪中、「92年合意」と中台の早期の対話再開で合意した。野党とはいえ、陳水扁総統と一定の政策合意をした立場での中国訪問であっただけに、陳総統の対中融和への転換をしめすものともみられた。しかし陳総統は、「一つの中国」の原則をみとめない姿勢をくずさず、その後も対中政策に大きな変化はみられなかった。12月の統一地方選挙では、23の県長・市長のうち14ポストを国民党が獲得、民主進歩党(民進党)は10から6にへらして大敗した。 対中貿易額が急激にふえつづけ、台湾にとって中国の存在が以前にもまして大きくなっている中で、台湾自立への道を志向する陳総統の動きは、対中融和路線をとる国民党や、大きな変化をきらうアメリカ、そして「一つの中国」政策をとる中国の包囲網によって封じられたかたちとなった。また、陳総統の周辺では、夫人が総統府の機密費を私的流用した疑いで起訴されるなど、スキャンダルが続出し、陳政権の支持率も低迷しつづけた。 2008年1月、小選挙区比例代表並立制を導入したはじめての立法院選挙がおこなわれ、国民党は、陳総統周辺での政治腐敗やスキャンダルを攻撃、経済の失政が貧富の差をもたらしたと批判した。定数はほぼ半減の113となったが、国民党はその3分の2をこえる81議席をえて、1998年の選挙以来の大勝となった。与党、民進党は27議席しかとれず、小選挙区比例代表並立制によって差が増幅された面はあるが、民意は陳政権がすすめる独立路線より、景気や生活の安定をもとめているとの結果となった。陳総統の任期満了にともなう総統選挙をひかえ、民進党にとって大きな打撃だった。総統選挙と同時に「台湾名での国連加盟」の是非を問う住民投票をおこなうことになったが、住民投票については「事実上の台湾独立投票」として中国が強く反発、アメリカやフランスも住民投票に反対を表明した。
2008年3月の総統選挙では、陳水扁総統の後継として民進党主席代行となった謝長廷(しゃちょうてい)と国民党前主席の馬英九(ばえいきゅう)が出馬し、馬が大差で勝利した。謝は立法院選挙の結果をうけて陳総統の強硬路線はとらず、中台関係の現状維持を明言。一方の馬も中台対話を重視しながらも「統一、独立、武力行使」の3つを否定する「3つのノー」を約束し、台湾海峡の安定によって経済を振興させるとした。馬は選挙戦で、陳政権の経済政策を失政として批判、対中経済促進など交流拡大によって経済再生をはかるとして支持を広げた。投票日の直前には、中国のチベット自治区で中国政府の統治に抗議する暴動がおき、「中国の脅威」への警戒感が高まったが、馬候補優利の流れが謝側へひきよせられることはなかった。 総統選挙と同時におこなわれた、民進党が提案した「台湾名での国連加盟」の是非と、国民党が対案として提案した「中華民国名などでの国連復帰」の是非を問う住民投票は規定条件に達せず、ともに不成立におわった。
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