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野球

野球 やきゅう Baseball
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

アメリカで生まれた団体球技。中南米、東アジア、オーストラリアでも広くしたしまれている。日本も野球の盛んな国のひとつで、プロ野球をはじめ、大学、高校、社会人、軟式野球と底辺が広い。

通常9人ずつの2チームが交互に攻撃をおこない、終了までに多く得点した側が勝ちとなる。1塁、2塁、3塁、本塁と4つのベースを使用するところからベースボールとよばれる。

II

アメリカ野球史

今日のアメリカには人気の四大プロスポーツがある。NFLのアメリカン・フットボール、NBAのバスケットボール、NHLのアイスホッケー、そしてMLB(メジャー・リーグ・ベースボール)の野球である。その中でも、全米の隅々にまで傘下のマイナー・リーグ・チームをあわせもつプロ野球のMLBがもっとも人気が高く、ファン層も幅広い。その歴史は100年をはるかにこえ、アメリカの伝統文化ともいえるほどの存在になっている。

1

起源

野球の起源についての有力な一説は、1907年にアメリカのナショナル・リーグ会長ミルズを委員長とするベースボール起源調査委員会がしらべたものである。それによるとアメリカのアブナー・ダブルデー少将が考案し、最初のゲームは1839年にニューヨーク州のクーパーズタウンでおこなわれたというものである。しかし、18世紀にイギリスのクリケットから分岐したラウンダーズという子供の遊びがアメリカにもちこまれたという説もあり、さらに、アメリカ大陸が発見される前にラプタとよばれるボールとバットの競技がロシアにあり、それをまねたものが野球だとする説もある。

初期のころは人数もまちまちで、ベースも棒杭(ぼうくい)や穴などでしめされ、フライの捕球もワンバウンドまではみとめられ、ミットもグラブもなく素手でやっていた。野球を現在のようなかたちに近づけたのは、1845年ニューヨークに最初のクラブチーム、ニッカーボッカー野球協会を創設したアレキサンダー・カートライトだった。ダイヤモンド形(正方形で1塁から3塁、本塁から2塁までをそれぞれ42歩)のフィールドを考案し、(1)21点を記録して勝負がきまる、(2)投手はアンダーハンドでなげる、(3)3人アウトで攻守交替する、などの統一規則をもうけ、翌46年には1チーム9人とした。このころからクラブチームがふえはじめ、初のクラブ対抗試合はニッカーボッカー野球協会とそこからわかれたニューヨーク・クラブとの間でおこなわれた。58年にはナショナル・アソシエーションとよばれる統轄団体が生まれ、ベースボールはニューヨーク周辺からアメリカ全土へと広がり、大学のスポーツとしても普及した。

2

プロチームの出現

1869年には最初のプロチームであるシンシナティ・レッドストッキングズ(のちのレッズ)が結成された。南北戦争がおわってわずか4年目のことだった。レッドストッキングズは翌70年にかけてアメリカ各地を遠征、地元のアマチュアチームを相手に連戦連勝し、ブルックリン・アトランティクスに延長11回7対8でやぶれるまで130連勝の快進撃をみせた。これがきっかけとなって各都市にプロチームが誕生し、71年にはプロ球団による最初のペナントレースがおこなわれてフィラデルフィア・アスレティックスが優勝した。その後、このプロリーグが発展的に解消し、76年8都市の球団が加盟してナショナル・リーグ(ナ・リーグ)が生まれた。82年にはアメリカン・アソシエーションが結成されたものの、解散、消滅をくりかえし、1900年にマイナー・リーグのひとつだったウェスタン・リーグが7球団によるアメリカン・リーグ(ア・リーグ)を創設、これが現在のア・リーグの基礎となり2リーグ時代が幕を開けた。

両リーグの優勝球団によるワールドシリーズは1903年にはじまり、第1回はナ・リーグ優勝のピッツバーグ・パイレーツがア・リーグ優勝のボストン・ピルグリムズ(のちのレッドソックス)と対戦、5勝3敗でピルグリムズが初代チャンピオンにかがやいた。初期の時代に、通算511勝をマークしたサイ・ヤング(レッドソックス)や416勝のウォールター・ジョンソン(セネタース)など球史に名をのこす名選手の登場が、大リーグを繁栄させ国民的娯楽として定着させた。

だが、1919年には球界をゆるがす八百長事件がおきた。この年のワールドシリーズで優勢といわれたア・リーグ優勝のシカゴ・ホワイトソックスがナ・リーグ優勝のシンシナティ・レッズに3勝5敗でやぶれたため、ホワイトソックスの選手たちが賭博師(とばくし)とくんで八百長に関与したといううわさが広まった。ランディス・コミッショナーが調査した結果、主力投手が八百長にかかわっていたことが発覚、天才的な強打者といわれたシューレス・ジャクソン外野手ら8人が球界から永久追放される不祥事となった。これが世にいう「ブラックソックス事件」である。

大リーグはあやうく社会的信用を失墜しかけたが、コミッショナーのきびしい裁定や、ベーブ・ルースのホームラン量産などでファンの信頼をよびもどした。1920年レッドソックスからニューヨーク・ヤンキースにうつったベーブ・ルースはいきなりシーズン54ホーマーをはなち、それまで野球に無関心だった人々も彼のホームランを一目みようと球場へつめかけた。こうして大リーグは危機をのりこえ、華やかな黄金時代をむかえた。20世紀前半の名選手として、タイ・カッブ(タイガース)、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ(ともにヤンキース)などがあげられる。

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