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感染力のある微生物や細胞の成長をとめたり、殺したりする物質。抗生物質は、かつて、微生物がつくりだす物質で、ほかの微生物に対して毒性をもつものだけを意味していたが、現在では、化学的に合成された物質のこともさす。さらに、細菌(バクテリア)だけでなく、腫瘍(しゅよう)細胞やウイルスなどの発育をはばむものも抗生物質というようになった。 抗生物質のもつ毒性は、選択性がある、つまり相手をえらんではたらきかけるという特性がある。動物やヒトなど宿主よりも、侵入してくる微生物に対して毒性がはたらく。抗生物質の中でもっともよく知られているのはペニシリンで、梅毒、淋病、破傷風、しょう紅熱などの感染症の治療にもちいられている。そのほか、結核の治療につかわれてきたストレプトマイシンもよく知られている。
細菌などに感染したとき、体の中で、その細菌を攻撃する物質がつくられているらしいということは、古代からわかっていた。しかし、その働きを科学的に証明することができたのは、20世紀後半のことである。薬としては、何世紀にもわたって植物の生のエキスがつかわれていた。感染に対する局所的な治療には、チーズのカビがもちいられていたという話もある。抗生物質の作用にはじめて気づいたのは、フランスのパスツールである。パスツールは、細菌の中に炭疽菌を殺す物質があることを発見した。20世紀初めにはドイツのエールリヒが、細菌に感染している組織だけを攻撃して、感染している人や動物を傷つけることのない物質を合成する実験をはじめた。その結果、1909年、ヒ素をふくむ化学物質サルバルサンが発見された。サルバルサンは、梅毒をおこすスピロヘータだけを攻撃する物質で、40年代にペニシリンがつくられるまで梅毒の唯一の治療薬だった。 抗生物質の原型であるペニシリンは、アオカビからできたものである。1928年、フレミングが病原菌を培養していたところ、偶然にアオカビが生え、その周りには病原菌がいなかった。これが、生体のつくりだす抗細菌性物質の発見の第一歩だった。フレミングは、このアオカビを培養して、抗菌作用があって毒性の低い物質をとりだし、ペニシリンと名づけた。しかし、そのままのかたちでは消化管でこわされてしまうため、口から摂取することはできず、不純物も多すぎた。 第2次世界大戦がはじまったころ、イギリスのフローリーとアーンスト・B.チェーンが純粋なペニシリンをつくりだし、マウスで実験をおこない、成功した。その後二人は、人間にためしてみた。患者は、ブドウ球菌と連鎖球菌による敗血症で、膿瘍(のうよう)と骨髄炎を併発し重症だった。二人はこの患者に3時間ごとにペニシリンを静脈注射した。用意できたペニシリンの量がひじょうに少なかったので、毎日患者の尿をあつめ、尿からペニシリンをとりだして再利用しなければならなかった。数日たつと患者の状態はみちがえるほどよくなったが、注射と尿からの採取をくりかえすうちにペニシリンは少しずつなくなっていき、ついには尿からとりだせなくなって患者は死亡した。このことによって治療効果が確認され、以後、研究が急速にすすんだ。 抗生物質を人間の病気の治療につかって、はじめて成功したのは、アメリカのデュボスである。デュボスは1939年、土の中にいる細菌から、グラム陽性菌がふえるのをさまたげる物質の結晶を分離して、チロトリシンと名づけた。これはのちにグラミシジンやチロシジンが混合したものと判明。44年にはアメリカのワクスマンたちが、やはり土の中の細菌からストレプトマイシンを発見した。ストレプトマイシンは、当時、結核の治療薬として盛んにもちいられた。 1950年代になって抗生物質が広くつかわれるようになると、それまで不治の病とされていた病気がなおるようになり、死亡率も大きくかわってきた。死因の上位を占めていた結核や肺炎、敗血症の死亡率は低くなった。手術も感染の心配が少なくなり、現在では時間のかかる手術や複雑な手術が盛んにおこなわれている。原生動物や真菌(→ 真菌感染症)による病気も、治療や予防ができるようになった。ウイルスを原因とする病気では帯状疱疹(→ ヘルペス)や水疱瘡、B型慢性肝炎(HB:→ 肝炎)などで抗ウイルス薬がつかわれており、特効薬ではないがエイズ(後天性免疫不全症候群)の治療薬としてウイルスの増殖をおさえる抗エイズウイルス薬も開発されている。このほか、癌などの化学療法にもつかわれている。
抗生物質を分類するにはいくつかの方法がある。ふつうは、作用の仕方によってわけることが多い。そのほか、抗生物質が攻撃する細菌の種類によってわける方法もある。たとえばブドウ球菌を攻撃するもの、連鎖球菌を攻撃するもの、などのようにわける。また、抗生物質の化学構造によってわける方法もある。この方法では、β-ラクタム系(ペニシリン系、セフェム(セファロスポリン)系など)、アミノ配糖体(アミノグリコシド)系、クロラムフェニコール系、テトラサイクリン系、マクロライド系、リファマイシン系などのようにわける。
細菌が体内に入りこむと、その細菌は自分自身を複製して増殖するため、細胞壁(→ 細胞)、核酸、タンパク質などを合成しようとする。多くの抗生物質は、このうちのどれかが合成されるのをさまたげるようにはたらく(細胞膜をこわす働きをするものについては、後述の「静菌作用と殺菌作用」を参照)。 細胞壁は、タンパク質、多糖類、脂質などの成分からなり、細菌の本体をまもっている。ペニシリン、セファロスポリン、カルバペネムなどβ-ラクタム系の抗生物質を投与すると、細菌は細胞壁をつくることができず、細胞膜がやぶれて細菌が死ぬ。ヒトなどの高等動物には細胞壁はないため、この種類の抗生物質の作用はおよばない。したがって細菌だけが殺され、生体は抗生物質の影響をうけない。 細菌がふえるためには、DNA(デオキシリボ核酸)、RNA(リボ核酸)、リボソーム、酵素などの合成が必要である。抗生物質の中には、これら細胞内物質の合成を邪魔するものもある。核酸の合成には酵素が大きな役割をはたしているため、酵素の働きをおさえれば核酸の合成はさまたげられる。 核酸をつくる酵素をおさえるのは、アクチノマイシンと、結核の治療につかわれるリファマイシン系のリファンピシンなどである。キノロン系抗生物質は、DNAの複製にかかわる酵素が合成されないようにはたらく。また、メッセンジャーRNAに作用して、あやまった情報をつたえさせ、タンパク質生成物から働きをうばう抗細菌物質もある。サルファ剤も核酸の合成をはばむ。テトラサイクリン系の抗生物質は、体に入ってきた転移RNA分子を攻撃する。クロラムフェニコールは、アミノ酸の結合をふせぐことによってタンパク質の成長をはばむ。DNA、RNAについては、核酸、遺伝学を参照。 異常なタンパク質をつくらせるものに、アミノ配糖体系抗生物質とピューロマイシンがある。アミノ配糖体系は、遺伝情報の読み取りをあやまらせることによって、またピューロマイシンは、タンパク質の鎖を途中でたちきることによって、正常なタンパク質の合成をさまたげる。
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