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ロケット

ロケット Rocket
百科事典項目
項目構成
I

プロローグ

後方にガスなどの噴射物質をふきだし、その反作用としての推力をえるための装置、およびそれをそなえた飛翔体(ひしょうたい)のこと。しかしながら、推進装置は混同をさけるためにロケットエンジンとよばれている。ロケットエンジンは、真空宇宙空間を飛行する宇宙船に推力をあたえることができる唯一の装置である。たとえば、現在の主流である燃料を酸化剤燃焼させる化学ロケットエンジンは、大気中の酸素で燃料を燃焼させるジェットエンジン(ジェット推進)とことなり、周囲に外気がなくても推力をうることができる。

ロケットの推力の原理は、すべての作用と反作用はたがいに等しいというニュートンの第3法則(作用反作用の法則)にもとづいている(→力学の「ニュートンの運動の3法則」)。ロケットエンジンの原理は、容器に密閉された圧縮ガスの作用から理解することができる。圧縮ガスは容器の内壁全体に均等の力をおよぼす。そこで容器の底に穴をあけてガスをもらすと内壁に対する力は同じではなくなり、内部のガスは穴からふきだすガスの力の反作用として容器を上におしあげる。燃焼室からふきだすガスの速度と燃焼ガスの量が、ロケットエンジンの推力を左右する。

ロケットは推進剤によって化学ロケット、原子力ロケット、光子ロケット、電気ロケットなどにわけられる。なお、化学ロケットのみが燃料を燃焼させるための酸化剤が必要で、酸化剤と燃料をあわせたものを推進剤とよんでいる。さらに化学ロケットはICBMミニットマン(ICBM)のような固体燃料をつかう固体ロケットと、サターンVのような液体燃料をつかう液体ロケットに大別される。固体ロケットの推進剤は燃焼室内部に貯蔵されて燃焼するが、液体ロケットの推進剤は燃料タンクから燃焼室に供給される。

II

固体ロケット

初期の固体ロケットは黒色火薬と同じ混合物をもちいたが、その混合の比率がことなり、黒色火薬が硝石75%、硫黄12%、木炭()13%に対し、ロケットは硝石60%、硫黄15%、木炭25%であった。したがってロケットの燃料は火薬よりも燃焼速度がおそい。

1

固体ロケットの歴史

13世紀初頭に中国で固体燃料ロケットが発明された。矢に火薬をつめた筒をつけてとばす火箭(かせん)というもので、火箭使用のもっとも古い記録は1232年のカイフォン(開封)包囲戦である。モンゴル()軍に首都開封を包囲された軍は、矢で射ぬけないモンゴル軍の天幕と竹網の陣地設備にむけて火箭を発射し、炎上させている。その後、13世紀末までにはモンゴル軍によってヨーロッパにもこのロケット技術がつたわった。15世紀以降、ロケットはおもに敵艦の帆などに火をつける海戦兵器であったが、16世紀のヨーロッパではおもに花火としてつかわれた。

一方、アジアでは、なお兵器として使用され、18世紀末にインド南部のマイソール王国ハイダル・アーリー皇子はロケット発射筒の軍団をひきいて、セーリンガパタム(シュリーランガパトナム)の戦でイギリス軍に勝利をおさめた。このロケットは竹製で、射程は数百メートルほどだった。

この敗戦の報告をうけたイギリス軍兵器部の士官ウィリアム・コングレーブは、ロケットの兵器としての価値をあらためて認識し、数年後に花火の改良型のロケットを完成した。これがいわゆるコングレーブ・ロケットで、射程3280m、うすい鉄板の筒型弾頭に焼夷剤(しょういざい)が3kg、弾頭に安定尾翼の代わりとして長さ4mの竿(さお)をとりつけ、全重量は14kgであった。

1805年にコングレーブ・ロケットがはじめて実戦に登場した。イギリス本土進攻作戦のためフランスのブーローニュ港に集結中のナポレオン軍に、イギリス軍がロケット攻撃をかけたのである。しかし嵐(あらし)のためにうまく点火できず、失敗におわったが、翌年再度こころみて、大きな成果をおさめた。また07年に、イギリス海軍はコペンハーゲンとその港内のフランスの大艦隊に対し、数千発のロケット攻撃をかけて壊滅的打撃をあたえた。13年にはダンツィヒ(グダニスク)がイギリス軍のロケット攻撃によって市の食糧庫を焼かれ降伏した(ナポレオン戦争)。12年の米英戦争においても、イギリス陸軍のロケット旅団が戦果をあげている。またイギリスの軍艦エレバスは、メリーランド州ボルティモアのマクヘンリー砦(とりで)に対しロケット攻撃をかけたが、この模様は現アメリカ合衆国国歌「星条旗」の中にもうたわれている。ワーテルローの戦でもロケットがつかわれた。

1825年までにほぼ全ヨーロッパの各国軍が、コングレーブ・ロケットをコピー生産してロケット旅団を編成している。47年にイギリスの発明家、ウィリアム・ヘールがコングレーブ・ロケットの安定用の竿のむだな荷重(死荷重)をはぶく回転安定技術を開発した。ヘール・ロケットの初期型は燃焼ガスを排気して本体に回転力をあたえるスピンジェット孔をもうけたが、のちに本体の後ろに排気ガスの方向を制御する翼を追加した。アメリカはこのロケットの特許を買いとって製造し、米墨戦争南北戦争に使用した。

19世紀になって、砲身に腔線(こうせん:ライフル)がきざまれた大砲が実用化されると、軍用ロケットはしだいに衰退していった。ただし19世紀中に、イギリスと北欧の沿岸で難破船の救命艇を海岸にみちびく臨時灯台として、コングレーブ・ロケットが平和利用された。1880年に捕鯨用の銛(もり)を投射するロケットが開発された(捕鯨)。19世紀末ごろには船舶の連絡用に広く信号ロケットがつかわれたが、軍事利用のほうは影をひそめた。しかしながらロシアの物理学者コンスタンティン・エドアルトビッチ・ツィオルコフスキーなど少数の学者は、惑星間を飛行する際にロケットが有効な手段となることを予言している。

第1次世界大戦の間、ロケットはおもに信号弾としてもちいられた。フランス軍機は水素ガス入りの気球の爆破をねらいロケットを発射した。アメリカの物理学者ロバート・ハッチングス・ゴダードは、1917年からスミソニアン協会の資金援助をうけて気球より高くあがる大気圏調査ロケットの開発に入り、大戦も終わりに近い18年11月、高速ロケットの実験をはじめた。

ゴダードは無煙火薬(→爆発物の「発射薬・推進薬」)の固体ロケットを開発したのち、ロケットエンジンの効率向上に大きな影響をあたえた、燃焼ガスを集約して外部に放射するノズルも考案した。

20年後にクレアレンス・N.ヒックマンが、固体ロケットなどの技術を応用してバズーカ砲の実用化に貢献した。対戦車兵器のバズーカは、歩兵が肩にかついだ筒から、強力な成形炸薬弾頭(さくやくだんとう)をロケットの作用により無反動で発射する。弾頭の直径が2.36インチ(約60mm)の初期型は最大有効射程は200ヤード(182m)、0.5ポンド(0.22kg)の炸薬は厚さ17cmの装甲を貫徹した。改良型は射程が700ヤード(640m)にのびた。第2次世界大戦後に開発されたスーパー・バズーカは射程が800ヤード(730m)で貫徹力が初期型の2倍になった。

本来、対潜水艦用として開発された4.5インチ・ロケットには、単装と多連装とがあり、艦艇、航空機等の運搬手段と筒や架台の設備を必要に応じて選択できる。回転安定型の砲兵ロケットは全長30インチ(76cm)、射程5200ヤード(4752m)、翼安定型で高精度の航空機ロケットは全長6.25フィート(1.90m)である。普及型の航空機ロケットである5インチ・ロケット弾は弾頭重量46ポンド(21kg)、飛翔速度1350フィート(410m)/秒で射程は5000ヤード(4570m)をこえる。

ドイツが開発した砲兵ロケットには21cmニーベルウェルフェール、28cmウルフゲラートなどがある。発煙機を意味するニーベルウェルフェールは実際には榴弾(りゅうだん)を発射する砲兵火器であり、空対空ロケットにも転用されている。ウルフゲラートは焼夷弾(しょういだん)を発射する。

2

固体ロケットの構成

第2次世界大戦の後に固体ロケットは、とくにミサイルの推進装置として開発された。固体ロケットは弾頭や科学器材を積載したペイロードといわれる部分と、推進剤とガス排気用のノズルをふくむ燃焼室からなり、それにミサイルの種類によっては安定翼がくわわる。現代の固体ロケットは無制限燃焼型と制限燃焼型に大別される。第2次世界大戦中に実用化した無制限燃焼推進剤は断面が十字型の1本の火薬棒で、固体ロケットの中央に位置を占める。無制限燃焼推進剤は、表面と、空洞になっている内側から同時に燃焼する。形や大きさにかかわらず、燃焼時間は1秒にみたない。燃焼時間の長い制限燃焼推進剤は、断面または表面の内側から燃焼する。

現代の固体推進剤は巨大化の道をたどっている。たとえば、SLBMトライデント(SLBM)の固体推進剤は、発射重量が59tである。スペースシャトルの2連固体ロケット・ブースターは11個の燃焼室からなり、各ブースターの重量が500tをこえる。

敵のICBMを要撃する弾道弾迎撃ミサイル(ABM)は短い反応時間と急加速能力が必要なので、セーフガードABMシステムでは固体推進剤を採用した。

最新の固体推進剤はポリブタジエン系(ブタジエン)の液体合成ゴムの燃料と過塩素酸アンモニウムなどの酸化剤とを混合したものである。アルミニウムなどの金属粉をくわえるとさらに強力になる。

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