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項目構成
準真空状態で行動する宇宙船の高性能ロケットエンジンは、超音速を出すために巨大なノズルが必要である。ノズルは燃焼室のガスの分子を収束部におくり、次にスロートとよばれるくびれた最狭部をとおるときガスは音速に達して、漏斗(じょうご)に似た形の出口から排出する。ノズルの直径は一般に燃焼室の4~5倍である。 ノズルの壁を通過する高温で高速のガスは、高温にさらされる時間が数分になると、熱伝達で重大問題がおこる。液体ロケットは多くの場合、熱の条件がもっともきびしいスロート付近に冷却をおこなう必要がある。たとえば液体水素と液体酸素の燃焼室は、ノズルの壁の配管に液体水素をポンプで循環させて温度をさげる。
ロケットエンジンの性能は、毎秒当たり1ポンド(454g)の推進剤を消費する推力の数であらわされる。これを比推力という。比推力をくらべると、現在の液体水素–液体酸素ロケットエンジンの450に対し、原子力ロケットエンジンは1100である。原子力ロケットエンジンは原子炉で液体水素を超高温ガスに変換し、高温・高圧の状態でノズルをとおす。このエンジンは地球と月を往復するシャトル船や惑星探査船の各発電装置に適している。 また、きわめて重力の弱い宇宙環境では、長期間作動して燃料を効率的につかう低出力のロケットエンジンが有利である。たとえば、超高温のイオン・ガスをエンジン後部から排出するプラズマ・ジェット(→ イオン化)や、そのイオン・ガスを電磁場で加速する機構、キセノンやセシウムなどのイオンを電場で加速するイオンエンジン、膨大な数の光子(フォトン)を光速度で噴出させて、長期間小さい推力を作動させるフォトンエンジンなどが考えられている。現在、イオンエンジンは惑星探査機や人工衛星の姿勢制御などに利用されており、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C)では主エンジンに採用された。
固体ロケットは、船舶、航空機等の救難信号、ミサイル研究の飛行物体実験、渓谷に橋を建設する際に対岸にロープをなげかけるとき、宇宙線探査ロケット(→ 宇宙線)、航空機の補助離陸装置(RATO)など、応用の道は広い。 液体ロケットは高空科学調査、航空医学実験、弾道研究などに利用されている(→ 宇宙・航空医学)。
日本のロケット技術は、第2次世界大戦末期にドイツからの技術供与により、要撃機(迎撃用戦闘機:→ 軍用機)のエンジンとして研究・開発された歴史はあるが、宇宙空間への輸送手段としての開発は戦後10年たってからはじまった。
観測用ロケットの開発は、1955年(昭和30年)、東京大学生産技術研究所の糸川英夫らによって、直径1.8cm、全長23cm、重さ230gという、ごく小さな「ペンシルロケット」からはじめられた。しかし、3年後の58年には第1段直径25cm、第2段直径16cm、全長5.4m、重量は255kgという2段式のカッパ6型(K-6)が高度約50kmに到達。このカッパロケットで、57年から58年にかけての国際地球観測年(IGY)に参加、上層大気の観測をおこなうことに成功した。IGY期間中に自力で観測用ロケットをうちあげた国は、米ソ以外では日本とイギリスだけであった。 1964年には東京大学宇宙航空研究所が開設され、科学観測用ロケットの開発も生産技術研究所の事業をひきついだ。なお、同研究所はその後81年に、文部省(現、文部科学省)の大学共同利用機関として位置づけられ、宇宙科学研究所となった。さらに2003年(平成15年)からは、宇宙開発事業団などと統合されて独立行政法人の宇宙航空研究開発機構となっている。 1970年(昭和45年)2月11日に、日本初の人工衛星「おおすみ」をうちあげたのはラムダ4S型ロケット5号機(L-4S-5)で、日本はアメリカ、ソビエト(現、ロシア連邦)、フランスについで世界で4番目の衛星打ち上げ国になった。L-4Sは、全長16.5m、直径0.735m、全重量9.4tの4段式ロケットで、全重量が26kgまでの衛星をうちあげることができた。 1971年の9月には、より大型のミュー4S型ロケット(M-4S)をつかい、初の科学衛星「しんせい」がうちあげられた。M-4Sは、全長23.6m、直径1.41m、全重量43.6tの4段式ロケットであった。その後もロケットは改良を重ねられ、85年1月には日本初の惑星探査機「さきがけ」が3段式の大型固体ロケット、M-3SIIによってうちあげられた。M-3SIIは、全長27.8m、直径1.41m、全重量61tで、770kgの衛星を軌道にのせることができた。また、「さきがけ」は技術開発・試験衛星という位置付けではあったものの、86年に接近したハレー彗星の観測で大きな成果をあげている。 1997年(平成9年)からはミュー・ファイブ(M-V)ロケットがもちいられた。このロケットは全長30.7m、直径が2.5m、全重量139tと国産固体ロケットとしてはもっとも大きく、M-3SIIの約2.3倍である1800kgの衛星をうちあげることができた。M-Vロケットでは、97年2月の1号機による科学衛星「はるか」(MUSES-B)をはじめ、98年7月には3号機で火星探査機「のぞみ」(PLANET-B)、2003年5月には5号機で小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C)、05年7月には6号機でX線天文衛星「すざく」(ASTRO-EII)などがうちあげられた。そして、06年9月に太陽観測衛星「ひので」(SOLAR-B)の打ち上げをもって、任務を終了した。 こうした衛星打ち上げ用ロケットのほかにも、上層大気(→ 高層気象観測)やプラズマなどを研究するための小型の観測用ロケットの到達高度が200kmのS-310(1段、全長7.1m、全重量0.7t)、到達高度350kmのS-520(1段、全長8m、全重量2.1t)、到達高度1000kmのSS-520(2段、全長9.65m、全重量2.6t)などがある。これら旧、宇宙科学研究所が開発した国産のロケットは、いずれも固体燃料をつかうのが特徴である。
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