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革新は芸術の分野でもみられた。文字の読み書きは、もはやたんに聖職者にだけもとめられるものではなくなり、その結果、ラテン語ばかりでなく、俗語による新しい文学も開花した。恋愛詩、宮廷文学、あるいは歴史書などが多数書かれるようになり、人生や社会の様相を活写した。絵画においても、新たな感情表現がこころみられ、自然や日々の労働がえがかれるようになった。建築においては、南フランスの巡礼路にそってたてられた教会堂などを通じてロマネスク様式(→ ロマネスク美術)が完成され、さらにゴシック様式(→ ゴシック美術)へと発展していった。
12世紀に達成された事柄は、13世紀に入るとさらに整理され、総合された。教会組織はヨーロッパをささえる一大制度となった。またイタリアの銀行家を中心に商業や金融活動も活発に展開され、ヨーロッパ全土がひとつの経済圏にまとめられた。巡礼であれ、商売であれ、人々の移動もより頻繁になされるようになった。さらにこの時代は、十字軍の遠征によっても知られている。十字軍は、11世紀末にイスラム教徒の支配からキリスト教聖地を奪回すべく教皇によってよびかけられたもので、階級や職業をこえて多くの人々を魅了した。 こうした国際的な宗教的遠征も、教会に中心をおくヨーロッパの一体化のもうひとつの現れということができる。盛期中世はゴシック建築や、トマス・アクィナスの哲学、そしてダンテの「神曲」などに、その文化的達成をみた。
盛期中世が制度の統一や学問における総合を特徴としたのに対し、後期中世は、それまでに達成された事柄が紛争をともないつつ解体していった時代といえる。国家が発展するのもこのころからで、教会と国家がたがいに優位をめぐって争うことが、こののちヨーロッパでは数世紀間つづくことになった。また中世都市はさらに拡大して繁栄をきわめ、政治的な自治を追求する一方、都市の内部でも支配をめぐる階級間の闘争がみられた。
こうした紛争のひとつの結果として、国家を教会から独立したものとみなす考え方があらわれ、政治や社会をめぐる考察が盛んにおこなわれるようになった。こうした議論の出現は、神と人間に関する知と経験のすべてを総合しようとした中世哲学のもくろみが、この時代にはもはや不可能になったことをつげるものでもあった。哲学的探究は、こうして個々の分野へと特殊化し、専門化していったが、そこにはまた新たな時代の芽ばえをみることもできる。たとえば物理学のような自然界の経験主義的な探究も、もとをただせばこの時代に開始されたといえる。
哲学のこうした展開のほかにも、後期中世の社会や文化の混乱をしめすものとして、宗教の問題がある。後期中世の宗教は、神に直接むすびつこうとする熱烈な願望に特徴がある。そこからキリストや使徒たちの純粋さにならい、またキリストの生涯を模倣しようとする新たな共同体が組織されるようになった。 多くの場合、これらは黙示録的(→ 黙示文学)な、あるいはメシア的な熱狂をおび、後期中世を通じて不断の危機にみまわれた都市で、めぐまれない地位にあった労働者たちの間にひろがった。たとえば1340年代に黒死病が突然流行し、ヨーロッパの人口の約3分の1が死亡すると、贖罪会(→ 贖罪)や鞭(むち)打ち苦行団などの集団が出現するようになった。またメシアや聖人を自称するカリスマ的人物につきしたがい、新たな使徒時代の訪れを夢みる者たちが、ヨーロッパ中にみられるようになった。 宗教生活のこうした混乱や革新が、ついにはプロテスタント改革(→ プロテスタンティズム)の出現につながった。また「国民」という新しい枠組みの形成が、近代における国民国家の確立をもたらした。さらには商業や金融活動のいっそうの拡大が、ギルドの閉鎮性や中世都市の限界をこわし、やがておこるヨーロッパ経済の革命的変化の基礎となった。このように中世世界の解体や、社会や文化の混乱の中に、近代世界の種子をみいだすこともまた可能だといえよう。
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