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キリスト教では、教会とはイエス・キリストの名のもとによびあつめられた信仰共同体を意味している。教会建築とは、キリスト教徒が礼拝をするためにつくられた建物をいう。近辺の住民が宗教的集会を開く程度の小規模で簡素なものから、大聖堂のようにさまざまな宗教活動や儀式をおこなう大きくて複雑なものまである。キリスト教にはいろいろの教派があり、教会建築の型式も多様である。式典を重んじる教派もあれば、手のこんだ儀式をおこなう教派もある。彫像や絵画の扱いも教派によってことなる。それぞれの宗旨にあうようにつくられているために、教会の外観はさまざまである。
教会建築の平面図(プラン)には、2つの基本型がある。ひとつはバシリカ式で、建物の主要部分は中央の入り口から奥の祭壇まで整然とならんだ長い軸をなす。もうひとつは集中式で、主要部分をドーム屋根の広い中央空間に集中させ、円形または多角形をなす。 この2つの基本型はさまざまな方法でくみあわされる。たとえば、十字形になるように袖廊(そでろう)をはりだすことがある。それは4本の腕が同じ長さのギリシャ十字であったり、身廊部が長いラテン十字であったりする。手のこんだ建て方をした教会には、洗礼堂や宝物・遺物をおさめる小部屋、聖職者が礼服を着る部屋や管理用の部屋などもそなえている。さらに、別の祭壇をそなえた小礼拝堂をもつ場合もある。
教会建築は、たてられた時代の建築様式によりさまざまな形をとる。最初期の集会所は住居を改造した建物で、「ティトゥラエ」とよばれた。313年、キリスト教がミラノの勅令で公認されたのち、バシリカ式と集中式の教会建築は、50年ほどの間にローマ帝国一帯に普及した。主要な教会建築は、エルサレムではキリストの磔刑(たっけい)や埋葬の場所、ローマでは聖ペトロの墓の上など、大事な聖地にたてられた。キリストの墓には、現在も一部が残存しているドーム建築がつくられ、かたわらにはバシリカがあった。この2つをひとつにくみこんだ建物は、「聖墳墓教会」として知られる。 ローマのサン・ピエトロ大聖堂はルネサンス時代に改築されたが、もとの建築は袖廊をもったラテン十字形の巨大なバシリカ式教会建築であった。ドームのある集中式は、ビザンティンやスラブ東部でこのまれ、これらの地域の中世の教会建築は、小規模ながら、5つのドームをギリシャ十字形にくみあげている。
西洋のラテン世界では、バシリカ式はロマネスクの教会建築(11~12世紀)からゴシック様式の教会建築(12~15世紀)へと発展した。これらの建築は、ボールト(アーチ形の石組み天井)が特徴である。ロマネスクでは半円アーチ、ゴシックでは尖頭(せんとう)アーチがつかわれた(→ アーチとボールト)。 ロマネスク様式の教会建築は、修道院の影響が強い。とくにフランスでは、裕福な修道士の共同体によって教会がつくられた。主要な教会は、スペイン、ローマにいたる大きな巡礼路にそって、修道士たちの手でたてられた。 ゴシック様式は、有力な聖職者とともに、台頭しはじめた都市の商人たちによって形成された。12世紀の半ばに修道院長シュジェールによってたてられたパリ郊外のサン・ドニ修道院は、最初のゴシック建築である。14世紀までに、イギリスをふくむヨーロッパのほとんどの都市に、ゴシック様式の大聖堂が建造された。それらの大聖堂は、大きいだけでなく複雑な構造をしていた。広々としたステンド・グラスの窓があり、入り口や屋根は彫刻でかざられていた。
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