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項目構成
12世紀初期にスウェーデンがフィンランドを征服して以降、フィンランド文化はスウェーデンから多大な影響をうけ、現在にいたっている。農民たちは、チターに似た楽器カンテレの伴奏で伝統的な叙事詩をうたい、木彫りや敷物に伝統的な色使いで螺旋(らせん)や卍(まんじ)といった簡素な幾何学模様を装飾してきた。しかし、知識層ほどスウェーデンの影響は強く、一部の例外をのぞき、文学はスウェーデン語で書かれた。スウェーデンの文化自体がヨーロッパ諸国の影響をうけているため、フィンランドの芸術作品や建築もイタリア、ドイツなどの文化を反映している。 19世紀になると芸術家たちは自国の伝統を復活させようとつとめ、フィンランド語をもちいた文芸作品や、フィンランド風の美術や建築物もあらわれるようになった。20世紀には、エリエル・サーリネン、アルバー・アールトーらの活躍でフィンランドの近代建築が注目された。家具、ガラス器、テキスタイルなどのシンプルな「北欧デザイン」も世界的に名高い。文学については、フィンランド文学を参照。
全国に1500以上の図書館がある。主要な図書館としては、蔵書数約210万冊のヘルシンキ市立図書館、国会図書館として機能している蔵書数約260万冊のヘルシンキ大学図書館がある。 第2次世界大戦後、博物館の数がふえ、現在300以上にのぼる。ヘルシンキの国立博物館には民族学、考古学関連の展示物がおさめられている。このほかマンネルヘイム博物館、ヘルシンキ市立博物館、トゥルクの美術館などがある。
フィンランドは民族音楽と教会音楽の宝庫である。教会音楽は、12世紀にキリスト教が普及して以降、発展した。宗教改革の時代には、それまでラテン語でうたわれていたグレゴリオ聖歌や宗教曲がフィンランド語でうたわれるようになった。 フィンランドの音楽は、19世紀中ごろから西ヨーロッパの音楽を吸収して発展した。これに際しては、ドイツ出身の2人の音楽家、作曲家パシーウスと指揮者でフィンランド民謡の収集家でもあったファルティンの貢献が大きい。フィンランド生まれの最初の作曲家ウェイゲリーウスは、自国の音楽の発展に大きく寄与した。また、作曲家でヘルシンキ交響楽団の指揮者でもあるカヤヌスは、フィンランドの音楽をヨーロッパ中に紹介していた。 19世紀後期までこの国の作曲家はドイツの影響を強くうけていたが、パシーウス、ファルティン、ウェイゲリーウス、カヤヌスはフィンランドの民族音楽を作品にとりいれ、カヤヌスの弟子であるシベリウスが本来の意味で民族音楽を完成させて、フィンランド音楽の評価を国際的に高めた。 1993年12月、ヘルシンキに国立歌劇場が完成し、国立オペラと国立バレエ団の拠点となっている。近年、サリネン、ラウタバーラ、ベリマン、コッコネンなどの作曲家によるすぐれた歌劇が多数生まれている。
第2次世界大戦以降、フィンランドは高インフレ、高失業率、莫大(ばくだい)な対外債務といった経済問題をかかえていた。その後、工業部門が拡大し、1960年代後期までに工業の労働人口は農林業をうわまわり、貿易収支は改善された。公共サービスをのぞき、工業と商業では民間企業が活躍しているものの、多数の規制により政府が経済活動に大きく介入している。90年代前半には、主要貿易相手国だったソビエト連邦崩壊の影響などでマイナス成長となり財政赤字がふくらんだが、その後の緊縮財政と携帯電話などの情報産業の発展によって回復。90年代後半から2000年にかけての経済成長率はヨーロッパ諸国中トップクラスにランクされる。2005年のGDP(国内総生産)は1931億6005万米ドルで、1人当たりのGDPは3万6819.70米ドルである。
農業は肥沃な海岸地域に限定されている。耕地は国土の7.4%(2005年推計)にすぎず、大部分の農家の所有地は20haにみたない。しかし、農家の20%以上が農業労働者を定期的にやとっている。主要な農作物はオオムギ、オートムギ、テンサイ、ジャガイモ、コムギ。家畜では家禽(かきん)、牛、豚、トナカイ、ヒツジなどが飼育されている。 森林の約60%が私有林、約25%が国有林、残りの約15%が企業か自治体が所有する森林である。2005年では年間5160万m³の材木が伐採された。漁業では、年間漁獲量は14万8700t(2004年)で、このうちの8万8883tが海からの水揚げによる。森林の伐採とバルト海沿岸地域の海水汚染によって、環境問題に対する関心が高まっている。
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