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インドのグジャラート州、ラージャスターン州、ムンバイ、カルナータカ州や、その他インド亜大陸の大都市を中心に信仰されている宗教。1990年代初めのジャイナ教徒の数は約370万人にすぎないが、彼らの多くが商業をいとなむことによって地位と財力を獲得しているため、インド社会におけるジャイナ教徒の影響力は多大である。このため教団の規模が小さいにもかかわらず、ジャイナ教は現在のインドの諸宗教のうちでもっとも有力なもののひとつとなっている。
古代インドにおける正統バラモン教以外の諸宗教のうち、ジャイナ教は仏教にならぶ重要な宗教であり、教えの内容も仏教と類似している点が多い。 ジャイナとは、解脱して至福の境地に到達したジナ(勝利者)とよばれる聖者の教えのことで、ジャイナ教では、仏教と同様にベーダ聖典の権威を否定し、このジナを崇拝する。ジャイナ教の祖師となったマハービーラ(本名バルダマーナ。前6~前5世紀)は釈迦と同時代の人。修行によって解脱をはたしてジナとなり、ティールタンカラ(救済者)として人々に輪廻の束縛からの解放を説いた。マハービーラ以前に23人のジナがいたとされているので、彼は24人目のジナということになる。 ジャイナ教徒は輪廻からの解脱をめざすが、従来のバラモン教のカースト制度は容認しており、カースト上位3階級に義務づけられたサンスカーラという16の儀礼をおこなう。ヒンドゥー神話については、そのかぎられた一部を承認してはいるが、ジャイナ教の教理は本質的には仏教と同じく無神論である。
ジャイナ教の教義の基礎になっているのは、霊魂(ジーバ)と非霊魂(アジーバ)という2つのカテゴリーである。霊魂は享受する主体であり、生命をもつ。いっぽう非霊魂は享受される対象であり、生命をもたない。この霊魂と非霊魂はたがいに独立しており、永遠に共存している。 また、心と言葉と身体とによる行為は、微細な業(カルマ)の粒子をつくり、それが霊魂に付着して束縛がおこると考える。輪廻の原因はこの業物質であるから、解脱するためには、宗教的な実践によって新たな業物質の流入をふせぎ、すでに付着している業物質を除去する必要がある。そのような宗教的実践として、ジャイナ教徒は「3つの宝」(トリ・ラトナ)をたてる。すなわち、ただしい信仰、ただしい知識、ただしい行為の3つである。ただしい行為のうちでもとくに重んじられるのが非暴力で、ジャイナ教徒は生命を害することをさけるため、徹底した非暴力をつらぬく。
教義は基本的にはジャイナ教徒全員に共通しているが、出家修行者であるヤティと在家信者であるスラーバカとでは、宗教上の義務に多少の相違がある。 出家者は5つの大誓戒(マハーブラタ)をまもらなければならない。すなわち、生命を傷つけないこと(アヒンサー)、真実をかたること(サティヤ)、盗みをはたらかないこと(アステーヤ)、性行為をなさないこと(ブラフマチャリヤ)、なにものも所有しないこと(アパリグラハ)の5つである。アヒンサーの誓戒をまもるため、ジャイナ教徒は生命を極端に尊重する。たとえば、白衣(びゃくえ)派とよばれる宗派の出家者は、口に虫がとびこむのをふせぐために布で口をおおっており、すわるときには小さな生き物をつぶさないようにブラシでその場所をはらう。このような非暴力の実践は、ガンディーの思想にも大きな影響をあたえた。 いっぽう在家信者は、5つの小誓戒(アヌフラタ)をまもり、聖者と出家修行者への崇敬をなすべきであるとされている。ジャイナ教の教団は、実践上の主張の違いにより、着衣と食器の所有をみとめない裸形派(ディガンバラ派)と、それをみとめる白衣派(シュベーターンバラ派)の2派にわかれている。
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