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EU(ヨーロッパ連合)

EU(ヨーロッパ連合) イーユー
百科事典項目
マルチメディア
EUの加盟国EUの加盟国
項目構成
3

ユーロの登場

1998年5月に、翌99年1月1日からはじまるユーロの参加国を正式にきめるヨーロッパ理事会(首脳会議)が開かれ、EU加盟15カ国のうち、当面参加をみおくったイギリス、デンマーク、スウェーデン、参加条件をみたせなかったギリシャをのぞく、11カ国が参加することになった。その後ギリシャは、2001年1月に参加し、ユーロ参加国は12カ国となった。

これによって、単一通貨ユーロが、1999年1月1日から資本取引や銀行間取引などでつかわれはじめ、2002年1月1日からは一般流通がはじまり、紙幣や硬貨が市中に出まわるようになった。ユーロを使用する人口は、当面でも約3億人となり、「大ユーロ圏」が誕生した。

1998年6月には、ヨーロッパ中央銀行も発足し、物価安定のためのマネーサプライ政策を中心に、ユーロの金融政策をになっている。

V

EUの拡大

1

ニース条約

EUへの加盟申請は、トルコが1987年におこない、冷戦終結後の90年代になると、中・東欧諸国からの申請があいついだ。98年3月から、ハンガリー、ポーランド、エストニア、チェコ、スロベニア、キプロスの6カ国と、2000年2月からは、ルーマニア、スロバキア、ラトビア、リトアニア、ブルガリア、マルタの6カ国との加盟交渉が開始された。トルコは1999年12月のヨーロッパ理事会でようやく正式な候補国としてみとめられた。

2000年12月に南フランスのニースで開かれたヨーロッパ理事会では、加盟交渉中の12カ国をふくめた27カ国体制にそなえての機構改革問題が論じられ、EUの新基本条約となるニース条約の基本合意がなされた。ニース条約は、02年10月、アイルランドで2度目の国民投票により承認されてようやく全加盟国の批准が完了し、03年2月に発効した。おもな改定は次のとおりである。

(1)EUの行政を担当するヨーロッパ委員会の構成は、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペインから各2名、他の10カ国から1名ずつだったが、1国1委員とし、委員数の上限を27とする。

(2)特定多数決の対象分野拡張と票配分の改定。産業政策や、ヨーロッパ委員会の委員長・委員の任命などについても、一部条件付きで特定多数決を適用する。12の加盟候補国もふくめた新しい票の配分にあたっては、人口の規模をふまえたうえで小国に手厚い方向で修正された。このため、1票当たりの人口は国によって大きな差がある。また特定多数決の成立要件として、少なくともEU全人口の62%を代表していることが必要となった。これによって、ドイツの発言権が強まった。

(3)一部の加盟国が、先行して特定の分野について政策統合をおこなう方式(先行統合:closer cooperation)の発動要件が緩和された。従来は共同体事項および司法・内務協力分野においては、ヨーロッパ連合理事会の特定多数決で適用が承認されることになっていたが、8カ国の参加で成立するようになった。また、従来はこの承認に対し、1カ国でも拒否権を発動すれば、ヨーロッパ理事会の全会一致の合意が必要とされていたが、拒否権は廃止された。

さらに、共通外交安全保障政策の分野でもこの方式が適用されるようになったが、発動する場合にはヨーロッパ連合理事会の承認が必要で、拒否権ものこされた。また、発動された場合には、ヨーロッパ理事会の全会一致の承認が必要となる。

EUは独立国によって構成されているが、金融政策や出入国管理など参加各国の主権の一部は、EUの共通政策にゆだねられている。ニース条約は、EUの拡大にそなえ、その共通政策の決定をおこないやすくするために、多数決できめられる対象分野を拡大したのである。

2

10カ国の同時加盟を決定

2002年12月にコペンハーゲンで開かれたヨーロッパ理事会は、加盟交渉をおえた10カ国について04年5月の同時加盟を決定した。新加盟がきまったのは、ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニアの中・東欧5カ国、エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国、地中海のマルタ、キプロスの2カ国である。

新規加盟10カ国は2003年4月アテネで開かれた首脳会議に参加し、加盟条約に調印した。候補国となっていたトルコについては、04年末に同国の人権や民主化の進展状況を判断したうえで交渉是非の判断をするとし、交渉中のルーマニアとブルガリアについては07年に加盟をうけいれるとの第2次東方拡大の方針を確認した。

3

EU拡大の意義

2004年5月1日、各国での批准をへた10カ国の加盟が実現し、EUは25カ国、総人口約4億5000万人、域内総生産はアメリカに匹敵する9兆7310億ユーロ(2003年)におよぶ、巨大な地域統合機関となった。

この政治的意義は、はじめて旧東ヨーロッパ諸国が加盟したことによって、第2次世界大戦後の政治・経済体制の分断が完全に終結したことにある。1990年代初頭のあいつぐ社会主義諸国の体制崩壊をへて、ヨーロッパという共通意識のもとに、ヨーロッパのほとんど全域にわたる政治・経済・社会・安全保障の共同体が誕生した。財政政策は各国の主権にゆだねられており、公用語が20におよぶことなどにみられるように、各国の政治的平等や文化的自主性をたもつという方針はつらぬかれているが、今後、国家連合にとどまるか、連邦制を展望するかは、大きな課題である。

経済面に関しては、アメリカに匹敵する経済圏が成立したことにより、1992年末に完成した域内市場統合の効果が、いっそう大きくなると思われる。関税同盟の理論における貿易創出効果だけではなく、大市場がもたらす競争効果や規模の経済性による生産の増大が期待される。

さらに、労賃の安い新加盟国への直接投資が域内・外の企業によってなされ、一方で、低廉な労働力が域内先進国に移動する。既加盟15カ国は、旧社会主義諸国の東欧とバルトの8カ国に対し、2006年までの2年間、延長して最長5年間移民流入を制限できるが、過渡期をすぎれば、資源の最適配分が実現されていくだろう。

一方、域外に対しては、世界経済への影響力が増大したことである。経済力の増大は、通貨の強さになってあらわれるが、新加盟国も加盟要件がととのいしだい、ユーロに参加する予定である。ユーロがドルとならぶ力をもつことによって、アメリカがドル相場の下落を放置しにくくなり、財政規律に注意をはらうことが期待される。当面は、格差是正のための財政負担の増加などでユーロが弱まる局面も予想されるが、長期的にはこの拡大は、ヨーロッパ経済を強化するものになる。

トルコ加盟交渉は2005年10月から開始された。ただ、トルコについては、ヨーロッパなのかアジアなのかの地域的問題とともに、キリスト教を基盤としているEUとイスラム教の大国という社会・文化的問題が横たわっている。クロアチアとの交渉も05年10月にはじまった。

4

経済・社会政策の方向―リスボン戦略

拡大の見通しがつくと、地域共通のルールをどこまで充実するかというEUの深化が主要な課題となっていった。たとえば、経済・社会政策の方向として、2000年3月のリスボン特別ヨーロッパ理事会において、10年間の経済・社会政策の戦略的目標として、「より良い雇用のより多い創出とより強い社会的連帯を確保しつつ、持続的な経済発展を達成しうる、世界でもっとも競争力があり、かつ力強い知識経済の実現」がかかげられた。

これは「リスボン戦略」とよばれ、主として春のヨーロッパ理事会において、(1)知識経済・社会への移行準備、(2)健全な経済状況と良好な経済成長の維持、(3)ヨーロッパ社会モデルの改革を中心に具体的措置の設定、進捗(しんちょく)状況の検討がなされてきた。しかし、2004年におこなわれた中間評価で「現状では目標達成は困難」とされたことから、05年に見直しがおこなわれ、成長と雇用創出に重点をおいた新戦略がうちだされた。

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