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項目構成
パラオの政体はアメリカの制度を模した大統領制がしかれ、大統領は4年任期で、最高2期までつとめることができる。ほかに副大統領1名と閣僚8名がいる。パラオ議会は二院制、議員定数は上院9名、下院16名で、議員は4年ごとに改選される。裁判官の任期は無制限で、議会の承認をへて大統領が任命する。2人の最高部族長に対し、国政に助言する権利があたえられている。
最初の住民は、3000~4000年ほど前に東南アジアの島々からやってきた移住者と考えられる。1710年にスペイン人が、ヨーロッパ人としてはじめてパラオに上陸した。83年にイギリス船がパラオ沖で難破し、ヨーロッパの病気がそれに免疫のないパラオ住民に伝染したため、5万人いた人口が約5000人にまで減少している。1899年にドイツがスペインから買収、統治したが、第1次世界大戦中の1914年に日本軍が占領、第1次世界大戦後は、国際連盟の委任統治領(→ 南洋委任統治領)として日本が統治。日本はコロール島にミクロネシア地域の司令部をおき、コロール島を都市化するとともに、南洋神社をたて、日本から1万人をこえる植民者をおくった。このため日本人と朝鮮人労働者が、数のうえでパラオ人をうわまわるようになった。第2次世界大戦中の44年、アメリカ海軍が侵攻し、激戦がくりひろげられた。 大戦後、日本が統治していたミクロネシアの島々のほとんどがアメリカ領になり、パラオも1947年に、国際連合(国連)の信託統治領太平洋諸島(→ 信託統治)としてアメリカの支配下におかれた。この間に民主制度とアメリカ式教育が導入されたが、経済的な成長はほとんどみられなかった。 1993年11月の住民投票の結果、アメリカと自由連合協定をむすんで独立国家となることが承認され、94年10月1日、独立を宣言した。自由連合協定でパラオ政府は防衛以外の内政と外交をおこない、アメリカ政府は防衛上の責任をおい、軍事基地などもひきつづき維持している。この協定では、パラオ人がアメリカ国内で居住、就労する自由をみとめている。94年12月15日、パラオは国連に加盟した。日本とはこの年の11月に外交関係を再開、日本からの無償資金協力や技術協力は2004年度までに累計で約186億円に達した。1999年12月には台湾と外交関係を樹立している。 2000年11月の大統領選挙では、1993年からつとめていた日系のクニオ・ナカムラ大統領にかわって、トミー・レメンゲサウ副大統領が選出された。翌年1月に就任したレメンゲサウ大統領は、税制改革や海外投資促進によって経済活性化をはかろうとしたが、政権基盤が弱く成果をあげることはできなかった。しかし、2004年の大統領選挙で再選され、翌年1月に2期目に入った。レメンゲサウ大統領は、アメリカの財政援助が終了する09年までに経済的自立を達成する、という国家目標に道筋をつけなければならない。現在、アメリカへの財政依存度は40%にもなっており、行政改革や財政改革によって政府の効率化をはかり、観光開発や海外投資を促進して産業を育成するなど、多角的に財政収入をふやす政策がもとめられている。
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