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  • Chelomei, Proton, Almaz

    この時期はS.P.コロレフの死去、月ロケットH1 (エヌ・アジン)の失敗とそれによる月計画の挫折といった具合にソ連の宇 宙開発部門では試練が続いた。 1968年1月、チェロメイは軌道ステーション・アルマース(ダイヤ) の概念設計図を ...

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コロレフ,S.P.

コロレフ Sergei Pavlovich Korolyev
百科事典項目
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セルゲイ・コロレフセルゲイ・コロレフ

1907~66 ソビエト連邦(以下、ソ連。現、ロシア連邦)のロケット工学者。1950~60年代のアメリカとソ連間の宇宙開発競争、軍備拡大競争の中心となったロケット工学と宇宙船の設計に貢献した。

ウクライナのジトミールに生まれ、おさないころから天文学と宇宙旅行の可能性に興味をもっていた。1926~29年までモスクワ高等工業学校で航空工学をまなんだ。31年に、ソ連の物理学者でロケット工学者のフリドリック・ツァンダーとともに、ジェット研究所(GIRD)を設立し、運営にあたった。

1933年にGIRDは、旧ソ連ではじめての液体燃料ロケットをうちあげた。同年、モスクワ・グループは、気体力学研究所と合併し、ジェット科学研究センターとなった。コロレフは第2次世界大戦中とその後、スターリンの大粛清により拘留されていたのにもかかわらず、30年代から40年代にかけてロケットやミサイルの性能を向上させた。彼はGIRDの同僚らとともにソ連の強制収容所におくられ、エンジニア収容所で7年以上にもわたってロケットの設計をさせられた。そして、ソ連に抑留されていたドイツのロケット技師とともに、ドイツのV-2号(→ミサイルの「ミサイルの歴史」)の詳細な分析と改良を命ぜられた。53年、スターリンの死後共産党に入党し、ロケット計画に政治的宣伝効果と軍事的可能性をみいだした共産党書記長ニキータ・フルシチョフからの支持をとりつけた。

コロレフは、冷戦時代に宇宙開発競争の重要な技術にかかわっていたため、その生涯と業績の多くは死後まで秘密にされていたが、1950年代から60年代にかけて、旧ソ連初のICBMをうちあげたロケットの開発を担当していた。

コロレフは、1950年代半ばから66年に死去するまで、ソ連のロケット発射装置と宇宙船の主任設計者としてはたらいた。そこで、世界初の人工衛星スプートニク1号(1957年打ち上げ)、初の月探査機ルナ1号(1959年打ち上げ)、初の有人宇宙船ウォストーク1号(1961年4月12日打ち上げ)、初の宇宙遊泳をおこなったウォスホート2号(1965年3月18日打ち上げ)など、多くの先駆的な宇宙探査を計画した。コロレフの業績は、死後にうちあげられた有人宇宙船ソユーズや他の惑星探査機など、のちのソ連の宇宙開発計画にもみられる。

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