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氷と塵(ちり)からなる球形状の物体で、だいたい76年おきに地球からみることができる彗星。軌道は細長い楕円形で、太陽のそばから海王星の向こう側までのびている。地球の近くにあらわれる周期は1周するごとにことなり、およそ75年から79年の間である。これは太陽系の各々の惑星の位置が毎回かわり、その重力が彗星の軌道をわずかに変化させているためである。 ハレー彗星はごつごつした不規則な形の核をもち、その核の大きさは直径およそ10kmである。核は岩と塵、およびこれらを閉じこめている氷からなる。彗星が太陽に近づくにしたがい、氷は固体から気体へと昇華してゆく。これによって物質が核からはなれてゆき、核の周りに特有なガスと塵の雲、「コマ」を形成する。また、ガスと塵の「尾」も、物質が核からふきとばされることによって形成される。 ハレー彗星は、太陽に近づくにしたがい、岩石物質をもうしなってゆく。この岩石塊も彗星と同じ軌道で太陽の周りをまわりつづける。彗星の軌道を地球が横切るとき、これらの岩石が地球の大気圏に突入し、毎年、流星群を発生させる。10月のオリオン流星群と5月のみずがめイータ流星群である。 人類はハレー彗星の出現を紀元前240年から記録していた。最初は中国人の天文学者による「ほうき星」の出現の記録である。イギリスの天文学者エドマンド・ハリーは、1705年に彗星の性質についての本を出版した。ハリーは、彗星は太陽の周りを楕円形をえがいてまわっている、と提言した最初の人物である。彼はまた、今日、ハレー彗星とよばれている彗星が、1758年にふたたび地球の近くにやってくるだろうと予言していた。その予言が的確であることが証明され、この彗星に彼の名があたえられた。
ハレー彗星が地球に近づいた1986年に、5機の宇宙探査機が彗星に接近し探査をおこなった。ソ連の探査機ベガ1号と2号は、彗星からおよそ8000kmの距離まで近づいた。ベガの電力を供給しているソーラーパネルが、彗星がともなっている塵や粒子によって深刻な被害をうけたので、地上の管制室は、ベガがハレー彗星を横切った数日後に計画を中止した。 日本の宇宙探査機「すいせい」と「さきがけ」も、1986年に彗星に接近した。「すいせい」は、彗星から15万1000kmまで接近し、その後も98年にやってくるテンペル=タットル彗星とジャコビニ・ツィンナー彗星に遭遇するために計画を続行していた。しかし、91年に燃料がつきてしまい、機能もストップした。「さきがけ」は、ハレー彗星から700万kmはなれた地点で彗星の軌道を横切り、太陽の周りの軌道をまわっている。「さきがけ」も別の彗星がやってくる前に燃料がつきると思われる。 5番目の宇宙探査機ジオットは、ヨーロッパ宇宙機関によって、1985年にうちあげられた。ジオットには、カメラ、望遠鏡、マイクロホンその他のセンサーが装備された。地上の技術者は、他の宇宙探査機からおくられてくるデータを使用して、可能なかぎりジオットを彗星に接近させる方法をとった。これにより、ジオットは彗星の核から600kmにまで接近し、その映像を地球に送信した。塵や粒子により、いくつかの装備に被害をうけたが、ジオットは以降も順調に航行している。ジオットがとらえたハレー彗星の映像から、彗星の核は予想よりもはるかに暗く、でこぼこであることがわかった。このハレー彗星との遭遇以後、ジオットの機能は停止状態にはいった。92年、別の彗星探査のため、ふたたび機能を復帰し、そしてまた、99年の目覚めまで機能を停止している。
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