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ルーシヨン

ルーシヨン Roussillon
百科事典項目

フランス南部の地方で、かつての州。現在のラングドック・ルーシヨン地域圏(レジオン)のピレネー・ゾリアンタル県にほぼ相当する。地中海に面し、コルビエール山脈とスペイン国境にはさまれた地域で、ペルピニャンが中心都市である。

ルーシヨンの地中海寄りは、アグリ川、テト川、テッシュ川などがながれるルーシヨン平野だが、西側はピレネー山脈東端にかかり、標高2784mのカニグー山がひかえている。また南側ではアルベール山地に接している。この平野は、かつて湾であった所が周囲の山がくずれてうまり陸地になったものである。小石混じりのかわいた台地で、ところどころに谷があり、丘も点在する。海岸沿いには砂州がのび、その内側には、サランクとよばれる湿地状の沖積平野がみられる。平野ではワイン、果物、オリーブなどが多く生産される。

ルーシヨンという地名は、ルスキノというローマ時代の都に由来する。前218年カルタゴハンニバルは、イタリア進攻の際、ここを通過した。ローマ人は当地のケルト人に通行を妨害するように依頼したが、拒否されたという。前122年、ローマが地中海沿岸を占領してナルボネンシス州をおいた。5世紀には、バンダル族、西ゴート族(ゴート族)がガリアに侵入、6世紀にフランク族のクロービスが、ポワティエ近郊のブイエで西ゴートをやぶり、ガリアの南西部を奪取したが、西ゴートはこの地にのがれセプティマニア王国を建設し、その後250年間とどまった。8世紀にはイスラム教徒も侵入した。

カロリング朝カール・マルテルとその子ピピン3世が、イスラム教徒と西ゴートをおいだし、その後カロリング朝のもとでルーシヨンはイスラム教徒にそなえる辺境とされ、ルーシヨン伯がおかれた。1172年ルーシヨン伯はアラゴン王ハイメ1世に領地をゆずった。ハイメ1世はマリョルカ(マジョルカ)王国を建設していたが、ペルピニャンをその都とさだめた。その後ルーシヨンはアラゴン連合王国内の自治連邦であるカタルニャ公国に併合された。1462年ルイ11世がルーシヨンに介入し、バイヨンヌ条約でアラゴン王から割譲させて支配権をにぎったが、93年シャルル8世はアラゴン王にそれを返還した。1640年カタルニャはマドリードの中央政府に対して反乱をおこし、リシュリューはそれに乗じてルーシヨンを占領した。1659年スペインとの間にピレネー条約がむすばれ、ルーシヨンはフランス領と確定した。

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