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伊勢神宮
I. プロローグ

三重県伊勢市にある神社。五十鈴(いすず)川の川上にある皇大(こうたい)神宮、山田原にある豊受(とようけ)大神宮、両宮に付属する別宮(べつぐう)、摂社、末社、所管社などの総称。正式名称は神宮。全国の伊勢信仰の中心で、古来最高の特別格の神社とされてきた。

II. 皇大神宮と豊受大神宮

皇大神宮は内宮(ないくう)ともいい、天皇の祖神でもあるアマテラスオオミカミ(天照大神)をまつり、三種の神器のひとつ八咫(やた)鏡を神体とする。「日本書紀」によれば、第10代の崇神天皇のとき、宮殿にまつっていた神体を皇女の豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託して大和の笠縫邑(かさぬいむら)にうつし、第11代垂仁(すいにん)天皇のとき、皇女の倭姫(やまとひめ)命が各地をめぐったうえで、伊勢国を鎮座の場所としたのが始まりという。

豊受大神宮は外宮(げくう)といい、ミケツカミ(御饌都神)をまつる。804年(延暦23)の「止由気宮(とゆけのみや)儀式帳」によれば、もとは丹波国にまつられていたが、雄略天皇のとき、アマテラスオオミカミに御饌(みけ:食事)をすすめるためにうつされたという。

III. 皇室と関係の深い神社

伊勢神宮には社格や神階がないが、これは朝廷・国家の最高の神をまつり、他の神社より超越することをあらわす。天皇以外の奉幣(ほうへい)・参詣を禁止する私幣禁断や、天皇の皇女を斎宮(さいぐう)として奉仕させるかつての制度からも、伊勢神宮が皇室にとって特別な存在であったことがわかる。

神宮の職員である祢宜(ねぎ)として、内宮には荒木田氏、外宮には度会(わたらい)氏があたり、大神宮司(だいじんぐうし)がそれらを統括していた。ほかに大中臣(おおなかとみ)氏の五位以上の神祇(じんぎ)官が祭主に任じられ、勅使として朝廷との間を往復していた。祭主の職は、大中臣氏一族の藤波氏が世襲するようになった。1871年(明治4)の神宮改革でこれらの神職の世襲は廃止され、祭主は皇族だけにかぎられた。

IV. 式年遷宮と祭礼

明治期になると、神社は国家の宗祀(そうし)とされ、伊勢神宮はその第1として国家から特別な扱いをうけた(国家神道)。戦後、政教分離の原則にもとづき、1946年(昭和21)に宗教法人となったが、現在でも全国の神社の中心的な存在で、神社本庁の本宗とされている。

両宮とも神明造の正殿を中心とする建物群からなり、社殿は20年に1度の建て替えをする式年遷宮(せんぐう)の制度により、当初の構造が現在につたえられている。遷宮は持統朝(686~697)から約1300年つづき、1993年(平成5)10月で61回をかぞえた。

伊勢神宮でおこなわれる祭りは多い。「神祇令(じんぎりょう)」の規定では、10月の神嘗(かんなめ)祭と5・10月の神衣(かんみぞ)祭があり、「延喜式」では、神嘗祭と6・12月におこなわれる月次(つきなみ)祭を三節祭(さんせちさい)として重んじる。

伊勢神道