遣唐使
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IV. 中国でみつかった留学生の墓誌

2004年(平成16)に中国シーアン市(西安市)の建設現場で、36歳で病死した日本人留学生の墓誌がみつかった。留学生の名前は井真成(せいしんせい)といい、約39cm四方の正方形の墓誌の蓋石(ふたいし)には、12文字で官職や名前がきざまれ、下の誌石には171文字(12行)で業績などが記されていた。その記述によると、井真成は阿倍仲麻呂や吉備真備らと同じ717年(養老元)に唐にわたった留学生らしく、学問をおさめたあと皇帝につかえ、優秀な官吏としてきわだっていた。そして、734年(天平6)になくなったとき、玄宗皇帝がその死をおしんで「尚衣奉御(しょういほうぎょ)」の官職を追贈したという。尚衣奉御は、皇帝の衣服などを管理する官職である。

井真成の日本での名前や経歴はわかっていないが、皇帝から官職がおくられたことから、身分の低いただの随行留学生ではなく、貴族階層出身者だった可能性が高いといわれる。また、この墓誌には「日本」という記述があり、日本の呼び名が「倭」ではなく国号の「日本」と書かれたもっとも古い史料としても注目された。