| 遣唐使 | 項目ビュー | ||||
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| II. | 遣唐使のおもな目的 |
遣唐使のおもな目的は、国際的な地位の確立と文物の導入である。中国は当時の東アジア世界の中心で、日本にとっては世界の大半といってもよかった。中国に朝貢物をささげて通交し、文化的にすぐれた国と印象づけることは、重要な外交課題だった。白村江の戦以来、関係が悪化していた新羅との席次争いでは、753年(天平勝宝5)には大伴古麻呂が新羅の上位になるよう抗議したという。
遣唐使みずから朝貢貿易の形で所持金と唐の下賜品(かしひん)で買いもとめた文物もあるが、多くは同行した留学生や留学僧が長年かけてあつめたものが、そのつど日本にもちこまれた。たとえば、吉備真備は兵学や音楽、暦学関係の多数の文物を、大和長岡(やまとのながおか)らは法制の知識をつたえ、空海・最澄は新しい仏教の導入につとめている。